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最近読んだ本の中では、特に面白かった「行動経済学 見るだけノート」。この「見るだけノート」シリーズはどれもためになるので読んでいます。その中でも、行動経済学について書いた今回はことさら勉強になりました。行動経済学を知ると、多方面に応用が利くと思いますが、鍼灸やマッサージを含めた治療家にも参考になると感じました。
行動経済学とはどのようなものでしょうか。それは伝統的な経済学に心理学を加えて人々の経済活動を説明するものです。日本経済新聞社がスポンサーの経済番組では「魔法の経済」と称されていました。従来の伝統経済学と比較することで行動経済学が分かりやすくなります。伝統経済学では人間は、常に合理的な判断をして行動すると考えられています。ホモ・エコノミカス(合理的な経済人)と言われる超合理的で無駄のないひと。この本では、劇画「ゴルゴ13」の主人公デューク東郷のようなという比喩をしています。デューク東郷とは天才スナイパーであり、高額な謝礼の代わりに暗殺を請け負う闇社会の住人。どれだけ困難な依頼も完遂します。表情をほとんど変えず、冷静に、相手が誰であれ暗殺します。日々節制し、肉体を鍛え上げ射撃技術を鍛えています。間違った行動をすることはなく、ミスターパーフェクトといった人物なのです。
人間は全員、デューク東郷みたいなホモ・エコノミカスであると想定していたのが伝統経済学。小さいことでは間違った行動をしても、長い目で見れば長期的に合理的経済活動を行っていくと考えられていました。
ところが実際には、人間はそこまで合理的ではありません。
宿題をしなさい!と親に言われれば、今やるところだったの!もうやる気がなくなった!、と反発する子ども。
ダイエットしているのに、頑張ったからとご褒美にケーキを食べるOL。
試験前日に普段しない部屋の掃除を始める学生。
このような矛盾、非合理的な行動をするのが人間です。人間の心理を無視してマシーンのような完璧でエラーを起こさないものとして考える伝統経済学では説明できないことが出てきました。例えば
高価な商品の方が売れる。
ダメ彼氏と別れられない女性。
損をすると頭で分かっているのにギャンブルにはまる。
これら行動は伝統経済学では起こりえません。同じ品質ならば安いものを買うはずですし、メリットがない人間関係を続ける意味はなく、投資額よりリターンが確実に少ないことには手を出さない、というのがこれまでの経済学。しかし、このような非合理的な行動、活動をする人はいるのです。そこで人の心理から経済活動を説明しようと行動経済学が誕生しました。それにより、短時間、小中規模の経済活動を説明できるようになったのです。長期的な動きは従来の伝統経済学で説明できますが、日常の経済活動は行動経済学の方がずっと理にかなっていたのです。
行動経済学において、幾つも理論が発見・提唱されましたが、その中でも象徴的なものがナッジ(Nudge)理論です。ナッジとは「注意をひくために肘で軽く突っつく」という意味。ちょっとやってみなよと横から軽く肘で押してあげる行為。転じて「あくまでも選択の余地を残しながら、相手を特定の選択に誘導すること」になります。正論でこうしなさいと強制するよりも、こういう選択肢もあるよ、やるかやらないかはあなたが決めていいけどね、という風にした方が人間は言うことをきくということです。
具体的には、サッカー国際大会後に渋谷で騒ぐ熱狂的な若者たちを命令でなく軽妙なアナウンスで誘導して混乱を抑えたDJポリスのやり方です。ワールドカップ出場を決めた喜びと群集心理で羽目を外したい若者たちに、真正面から警察だ!迷惑だから大人しく帰れ!と叫んでも逆効果だったでしょう。反対に警察に歯向かって暴動が起きていたかもしれません。逮捕権という権利も、拳銃などの装備も、十分な人員もありながら、言葉だけで場を納めたのは「強制ではない、あくまで選択肢はあなたにありますよ」という前提条件があったからではないでしょうか。
ナッジ理論や行動経済学を知り、伝統経済学との違いを知ったときに、伝統経済学と行動経済学の比較が医療機関と市井の治療家との対比に似ているように感じました。というのも私を含めた多くの鍼灸師やマッサージ師といった治療家に分類される臨床現場に出ている人はナッジを実践しているように思えたからです。いいからこちらの言うとおりにしろ!という態度では患者さんがついてくれません。患者さんの話をよく聴いて相手の立場になって考え、強制はしないがこうした方がいいのではと提案する。それが治療家。一部にはパターナリズム(父権主義)を前面に出して命令口調の人もいますが、時代に合わないので消えていくでしょう。今や救急外来のように生死に直結する場面を除けば医師ですら患者の意見を尊重する時代です。患者さんを丁寧によく診る鍼灸師やマッサージ師は行動経済学に近い考え方が備わっていると思います。
反対に医療機関は伝統経済学のイメージです。検査数値が基準範囲を逸脱しているならば薬で戻す。異常があれば手術で治す。疾病そのものをまず診る病院は治療家よりもはるかに合理的です。糖尿病の患者には食事制限を課して、症状が重篤ならばインシュリン注射で血糖を下げさせます。甘いものを食べるのが生きがいです、とか、注射をするのが苦手です、という感情は無視するでしょう。当然そのような余裕がないでしょうから。
どちらが良いという話ではありません。緊急度が違えば強制的に処置を行う必要が出てきます。鍼灸師だって意識不明の人を前にしたら鍼灸施術をしようと思う前にAEDを確保して救急に連絡するはずです。普段対応している相手と置かれている治療家の状況が、我々は何となく行動経済学的であり医療機関は伝統経済学的だと思うのです。
さて最近、Twitterで治療院コンサルタントなる肩書の人が
治療家がケーキやお菓子を食べているツイートを見ると、こいつは健康を害して長期的に稼げないし、患者はこのような意識の低い人になど治療を受けたくないだろうからダブルで損しているなあ
といった内容のツイートをしていました。つい最近、家族でケーキを食べて嬉しかったことをツイートした私はムッとしました。同じように知り合いの鍼灸師仲間も、好きなものを食べさせろよ、治療家に嫌われるコンサルタントって何?、といった意見がありました。
このコンサルタントは何を考えているのでしょうか。
しょうもないことして(ため息)、こちらが正してあげて儲けられるようにしてやるよ、だから依頼してこい!
という魂胆なのでしょうか。糖質を過剰に摂ることは健康を害することでしょう。正論と言えるでしょう。しかしそれで人は納得するのでしょうか。
もしも私が
「鍼灸を受けないやつは将来病気にかかりやすくなって痛い目に遭うよ。本当鍼灸を受けないなど信じられない。」
と発信したとします。
鍼灸を受けない奴はバカ、健康寿命が縮まるよ、鍼灸やれば良いことしかないのだからうちに受けに来いという思惑です。
これを見た人が私のところに来るでしょうか?何を偉そうに言っているのだ、少なくともお前のところで鍼灸は受けないよ、と反発されるはずです。行動経済学から言えば大いに的外れな情報発信です。この治療院コンサルタント?の行動をみてナッジ理論は大切だなと改めて感じました。少なくともこの人にコンサルを依頼する気は全く起きないからです。
甲野 功
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