開院時間
平日: 10:00 - 20:00(最終受付19:00)
土: 9:00 - 18:00(最終受付17:00)
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住所:東京都新宿区市谷甲良町2-6エクセル市ヶ谷B202
先日、母校である東京医療専門学校(東京都四ツ谷)で山川義人先生のチャリティ講演を聴いてきました。ちょうど呉竹祭という学園祭の日で様々な出し物、ブース、物販などがありました。同じ新宿区ということで業務時間の隙間をついて行ってきました。
まず山川義人先生について説明しましょう。
多くの肩書を持つ方なのですが、私にとっては東京医療専門学校鍼灸マッサージ教員養成科(以下、教員養成科と表記)の先輩にあたる鍼灸師です。一番単純な関係は母校の先輩鍼灸師というもの。初めてお会いしたのは、私があじさい鍼灸マッサージ治療院を開業して2年目だったと記憶していますが、同じく教員養成科の私の同期がネパールでボランティア活動をしている鍼灸師の先生を囲んで集まる会があるから来ないか、と誘われてそこに山川先生がいたのでした。私の妻は国際協力分野を渡り歩いています。妻と知り合って結婚してから国際協力やボランティア活動の知見が広がり、世界食料デーに対しての寄付や、ミャンマーの孤児院を支援する活動を行ってきました。直近では今月行った新宿こども食堂への寄付を目的としたチャリティーマッサージ。
これらの取り組みを知っていた同期がお灸でネパールを支援する団体と繋がりがあり紹介してくれたのでした。その頃、山川先生は沖縄の鍼灸専門学校教員を終えて戻ってきたところ。教員養成科の先輩ということで紹介されましたが、話をするうちにまさに妻のしていることと私の職業の両方を兼ね備えている人でした。日を改めて後日、神楽坂で食事をしながら鍼灸と国際協力、鍼灸学生への教育などの話をさせていただきました。同じ鍼灸師同士でしたが、どちらかというと妻の関係者と話している感覚で国際協力やボランティア活動についての印象が強かったです。その年5月に行った当院のチャリティカフェについて興味を持たれて、鍼灸院がチャリティーイベントを行うことはどのようなことがあるのか聞かれた記憶があります。その後も色々なイベントで一緒になることが多く、昨年のアースデイというイベントでMOXAFRICA(以下、モクサアフリカと表記)という団体の存在と、そこの日本事務局をしていることを知りました。今年のアースデイには家族と訪れて、当時JICA職員だった妻を山川先生に紹介できて良かったと思いました。
今回、山川先生がMOXAFRICA JAPAN(以下、モクサアフリカジャンパン)の活動報告を呉竹祭に呼ばれて話をすること知り、会場も近いし行ってみようと思ったのでした。これまで何度もお会いしていますが、きちんとした講演を聴くことは無かったのでモクサアフリカについては知らないこともないけれども、どのような話をするのか興味がありました。教員養成科ではスピーチの訓練や模擬授業を行う時間もあり、専任教員の経験を持つ先輩の講演内容に後輩として見ておこうという気持ちです。
当日の講演はモクサアフリカ活動報告のお話でしたが、想像をはるかに超えた内容で大変驚きました。
講演の中を少し紹介します。
モクサアフリカはイギリスのチャリティ団体であり、お灸による結核対策を推進しています。モクサアフリカジャパンはその日本支部にあたります。
まずこの講演で山川先生は
「モクサアフリカでは“先生づけ”の呼び方をしておらず、資格のあるなしではなく一人の人間として接するということで、“山さん”と呼ばれることが多い」
と話しました。
その意向に沿って、これ以降は山川先生ではなく「山さん」と書いていきます。
最初に山さんの自己紹介があり、使命(my will)は
東洋医学/哲学(陰陽五行論)の実践(鍼灸)による世界平和への貢献
と述べました。
この時点でスケールの大きいこと。世界平和ですよ。鍼灸師がよく言う「鍼灸の良さをもっと世間に知ってもらいたい!」といったものとは比べ物にならないくらい壮大な使命です。一歩間違えれば大ぼら吹きに見えるものですが、そう見えないのはこれまでの山さんを知っているからでしょう。その後の講演内容からも説得力があるものです。
次にモクサアフリカの活動内容を説明します。
足三里(脛の外側にある有名なツボ)への直接灸(艾というヨモギを乾燥させて作ったものを捻って線香で火をつける昔からあるお灸のやり方)が結核治療に効果があると研究を重ね、現地の人々を支援し、他の医療団体に艾の提供を行っているということを話しました。元々はイギリス人鍼灸師(Merlin Young とJenny Craig)によって始まったモクサアフリカ。きっかけは日本人でお灸博士と言われた原志免太郎医師の研究からだと言います。
詳しくはモクサアフリカジャパンのホームページをご覧ください。
続いて結核とは何かの説明です。
結核は結核菌に感染して発症する病気。日本ではかつて猛威を振るいましたが公衆衛生の向上と予防接種のおかげで激減。過去の遺物になったかと思いきや、また最近増えているという現状です。我が国は先進国では結核の発症が多く、現代も問題視されている病気なのです。
高齢化社会となり、若いころに感染するも抵抗力が強くて発症に至らなかった方がお年寄りになり身体の抵抗力が低下して発症する例が増えていること。海外には結核感染者がおり、日本人が旅行により感染して帰国するあるいは感染者が日本に入国するといったケースにより感染が拡大しているといいます。ちょうどラグビーワールドカップ開催期間で来年は東京オリンピック・パラリンピックが控えています。
また従来の薬剤が効かない(耐性を持った)結核菌が生まれており、多剤耐性結核が生まれ、更に耐性を持った超多剤耐性結核までも出現していると言います。多剤耐性結核、そして超多剤耐性結核は薬物による治療費用も治療期間も膨大にかかるのに、治療成功率は低くなるという最悪なものです。
そしてHIV感染によるAIDSとの組み合わせも大変な事態を引き起こします。HIV感染し発症すると抵抗力が落ちていきます。そうすると既に結核菌に感染していた、もしくはその後感染したとして、抵抗力の低下により結核も発症するという二重の疾病になります。知っての通りHIVは血液感染が主ですから濃厚接触しないと感染しませんが結核は空気感染します。相互作用で感染が拡大する可能性が高まるのです。
そこでお灸の出番です。
ラット(実験用ネズミ)を使ったお灸の実験では、結核感染したラットにとても有効であったと報告されています(原博士の報告)。これによれば結核菌に感染させる前から行うことで効果がとても良く効き、すなわち予防効果があるといいます。結核感染後でも早期にお灸をしていれば効果が高いという結果が出ました。なおお灸をしなかった結核感染ラット(無刺激群)は全て死亡したとのこと。
そして原博士は足三里と殿部(8個所)のお灸が効果があると発表しました。モクサアフリカでは殿部のお灸は技術的にも部位的にも行うのが難しいと判断して、足三里にお灸をすえるやり方を採用しているといいます。
薬剤と比べてお灸は値段が安い、診断不要、いつの時点でも治療可能、副作用が無い、薬剤耐性を悪化させない、エイズウイルス患者にも応用可能、という良いことだらけです。特に薬物を使うことによるデメリット(高価、副作用、耐性菌を生む、など)をクリアしていることはとても重要です。結核と戦う過程で薬の副作用で失明をしたり、外部との接触が禁じられて自殺をはかったりするケースが発展途上国ではあると山さんは話します。
更に実際の結核患者に対して、お灸と薬剤を併用したパターンと薬剤のみの治療パターンを比較した研究も紹介しており、お灸と薬剤を併用した方が効果があったと言います。それだけでなく、お灸を併用した方がきちんと薬を飲むという模範的な態度であったと言います。
これは鍼灸師の立場から感想を述べると、とても興味深い報告です。
モクサアフリカの結核対策は鍼灸師が一人一人にお灸をするのではなく、患者や現地の人が自分で自分の足三里(脛のツボ)にお灸をします。与えられた薬を飲むという受動的な行動よりも、自ら艾を捻って線香で火をつけるという能動的な行動が患者さんの気持ちを前向きにしているように思います。我々鍼灸師の真骨頂は自らの技量で患者さんに影響を与える(それが悪いことになる場合もありますが、概ね良い方向に)こと。服薬との行動面の差異が患者さんの態度に影響を及ぼすことがあるというのは嬉しく思います。
さて、更に山さんは艾の生産について話を広げます。
既に説明しましたが艾は自生しているヨモギの葉を乾燥させて生成します。艾を生産できる国や地域は限られています。直接灸に使える高級艾(不純物が少ないもの)を製造できる工場はどんどん減っていて、絶滅の危機にさらされています。鍼灸発祥の中国では灸頭鍼といって鍼の柄に艾を丸めて火をつけるタイプがほとんど。そのため不純物が多い粗悪艾ばかりだそう。高級艾が使用されなくなれば生産者が儲からないので廃業してしまうと言います。鍼灸師は鍼や灸といった道具が必要であるから、道具の生産まで頭に入れなければならないと山さんは言います。
また、国家資格レベルの医療行為で艾を捻ってお灸をするのは日本しかないのだそうです。民間療法レベルではなく国家資格で。すなわち世界に対して日本の独自性をアピールできるポイントであるということ。日本人の艾を捻るお灸を世界に打ち出すことは日本鍼灸界にとって福音となるかもしれません。艾を使っていかないと生産する技術が失われてしまうのです。現在、艾を生産する技術をネパールに持って行ってネパールでも生産できるようになってきているそうです。海外に移転しても艾作りの技術を継承していかないといけないといいます。
今回の講演も含めて、日本国内でモクサアフリカジャパンの普及活動を行っています。ちょうど昨年のアースデイにおけるモクサアフリカジャパンブースでの集合写真がスライドに出ていました。たまたま私もお灸Tシャツを着て映っているのでびっくりしました。
モクサアフリカの事務局員で男性なのは創設者の一人Merlinと、山さんしかいないそうです。他は全員女性で、この活動はとても女性的なものだと山さんは言います。女性鍼灸師が活躍できる場だと。ちなみに今年から私の鍼灸マッサージ科時代の同級生(女性)がモクサアフリカと関わるようになったという偶然がありました。
このように講演内容を軽く振り返ったのですが、聴いていて本当に驚きました。
お灸の話はもちろんのこと、山さんの願い、結核の病理的な解説、結核感染についての公衆衛生学的な視点、国際情勢、国際協力、鍼灸の歴史、研究に関すること、経済的な視点、艾作りの危機という伝統文化・技術の継承問題、日本の鍼灸が世界に対してみせていった方がよい姿勢とその立ち位置、など、驚くほど多岐に渡るジャンルを網羅した講演だったのです。鍼灸師が話す内容は専門である鍼灸のことがほとんどで、世界や経済面まで話が及ぶことはまずありません。その必要もまずないわけです。鍼灸に関する技術や臨床の内容がほとんど。世界の公衆衛生から艾生産者の危機、はたまた世界平和まで語れる人が他にいるでしょうか。問題提起だけでなく解決するための方向性も示唆しています。山さんはどれだけ広い分野を学んでいるのでしょうか?
他ジャンルに関わるだけでなく、深く勉強していることが話を聞いていて伺えます。会場参加者との質疑応答がありましたが、どれもよどみなく答えていました。講演後に個人的に私が問うた質問にもそうです。聞きかじった知識ではなく、広くて深い知識があった上でそのほんの一握りを話している感じです。私の父親から習ったダムの放水理論のように、膨大な知識経験からほんのわずかな上澄みを出しているに過ぎないような。まったく無理が無く余裕があるようにみえました。私も教員資格を持ち、人に教えることがあるので感覚的に分かるのですが、相当高いレベルの講演だと思いました。山さんの底が知れないという。
学者タイプで鍼灸の一流派について深く深く研究実践している先生はこれまでに何人も見てきました。そのスペシャリストタイプとは異なり、鍼灸にとどまらず他ジャンルの知識を自分のものにして必要な分を必要なタイミングで効果的に出して構成したプレゼンテーション。私はスペシャリストよりもゼネラリストタイプの臨床家を目指しているので大いに勉強になりましたし、驚愕しました。山さんは大学哲学を専攻していたようで、理系出身の私とはバックボーンが大きく異なります。知性の幅を凄く感じて何ともはかり知れない気分です(ちょっと失礼ですが)。冒頭の自己紹介で東洋哲学について山さんは、陰陽五行論だけど主に陰陽論で、と注釈を加えていました。五行論よりも陰陽論がメイン?どのような哲学なのだろうかと興味が深まりました。
前から面識がありましたが今回の講演でより一層謎が深まった(?)山さんこと山川義人先生でした。
甲野 功
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