開院時間
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住所:東京都新宿区市谷甲良町2-6エクセル市ヶ谷B202
先週日曜日に関東鍼灸専門学校で行われた「ハリトヒト。マーケット(通称:ハトマ。)」。連続で振り返るブログを書いています。ハトマ。とはどのようなものだったか、事前情報としてこちらをごらんください。ハトマ。で行われた3つの講演。2番目がこちらです。
鍼灸師に知ってほしいがんのこと/鍼灸師:赤星未有希先生
鍼灸WEBメディア「ハリトヒト。」。こちらがリリースされたのが今年3月。記念すべき最初のインタビュー記事は赤星先生のものでした。
自分ががん患者として鍼灸治療を受けたとき、「ごほうびだな」と感じました/鍼灸師:赤星 未有希
赤星先生は鍼灸専門学生時代に大腸がんステージ3が見つかり治療した経験を持ちます。がんに罹患して5年生間生存した「がんサバイバー」です。
ここで「がん」という表記について先に説明しておきます。医療の正確な表現では癌(がん)は「上皮組織にできた悪性新生物(悪性腫瘍とも)」と定義されます。悪性新生物とは身体の中にできた無制限に他の境界が曖昧なデキモノ(腫瘍)というイメージで考えてもらえばいいです。どんどん大きくなって別の場所にも転移するもの。あまり大きくならず、同じ場所に留まり周囲の組織と境界が明瞭なものは良性腫瘍と言われます。大きくならないし移動しない(転移しない)。切り取ることができる。それができない厄介なものを悪性新生物(悪性腫瘍)と言います。漢字の癌ではなく平仮名の「がん」と記した場合、一般的に上皮組織ではない血液の悪性新生物といえる悪性リンパ腫や白血病、筋肉にできた肉腫も含めて言います。この文章で出てくる「がん」は人体に生じる悪性新生物全般を指すと思ってください。
赤星先生は20代半ばで大腸がんを患いました。大腸がんは女性に多いがんですが若い年代での発祥は稀であり、数々の苦労をしたそうです。現在は身体の状態と相談しながら、がん患者さんと向き合う鍼灸師をしています。患者と術者という両方の立場を知る稀有な存在です。赤星先生は講演中に何度か「がんは私のアイデンティティではない。私=がん、ではない。」と仰っていました。「ハリトヒト。」のインタビューでもがんになったことを公然に話すことはためらいがあり、そのインタビューで初めて胸の内を明かしたと語っています。赤星先生はがん患者だからと身構えることなく、気負わず、他の疾患患者さんと同じように接する方がいいと言います。それは本人ががん患者として鍼灸にかかった経験でもあり、現役鍼灸師として臨床現場に立つ経験からも導き出された考えなのでしょう。
赤星先生の講演、サブタイトルは<知らないなら、知ろう!>でした。赤星先生は仕事には準備が大切だと言います。そして準備とは“知ること”だと。がんという、知っているようで実態を理解していない病気、そしてがん患者さんについて、知ろうとする、知ることの大切さを説きます。がん患者さんは増加傾向にあります。それは単にかかる人が増えたということだけでなく、検査能力が向上して早期に発見できるようになったこと、そしてがん患者さんが亡くならず生きていけるようになったから、という理由もあるそうです。がん患者さんは珍しい存在ではなくなりつつあります。
がん患者さんの苦痛にはいくつか種類があります。身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルペイン。これらが合わさって全人的苦痛(トータルペイン)となって襲い掛かります。そのような苦痛を伴うがん患者さんに対して、鍼灸師はどのように接したらいいのでしょうか。赤星先生は『わがままになってもらう。不安なこと、嫌なこと、考えを話してもらう。自分にできないことははっきり言う。(できる人を探す。)でも、逃げないよ。協力したい、というスタンス。』と説明しました。鍼灸師によっては「がんは鍼灸で治せます」と言い切ってしまう人もいます。しかし、赤星先生は協力したいというスタンスを持って寄り添うことを大切にします。がん患者さんと接することは普通のこと、日常生活の延長線上にあることだと。
がんについての情報はまず疑うこと、と赤星先生は断言します。正確な情報を得るには複数の情報を照らし合わせ、国立がん研究センターの「がん情報」のサイトを参考にすること。がん患者さんやその家族には様々な情報が入ってきますし、目に留まります。そしてこれは私も知らなかったのですが、がん患者さんは比較的長い時間、機能が保たれ最後の2カ月で急速に機能が低下する経過をたどります。他の疾患よりも急に悪化する。確かに私は大学病院である期間鍼灸師として働いた経験があり、緩和ケアで末期がん患者さんを担当したことがありました。実体験と照らし合わせても頷けることです。
更に若年性がんサバイバーとして知っておいてほしい、がんに関する情報ということでAYA世代や妊孕性などを挙げていました。AYA世代とは15~30歳前後の思春期・若年成人(Adolescent and Young Adult)に発症する「がん」のこと。この世代のがん診療の専門家が少ないと言います。赤星先生も若い女性が大腸がんにかかることが稀であるため医師も戸惑ったといいます。妊孕性(にんようせい)とは妊娠をする力の事。不妊治療で使われる用語です。AYA世代ではがんの治療はもちろんのこと妊娠・出産も考慮します。
がんになった赤星先生自身の実体験と鍼灸師としての立場を踏まえた講演内容。教科書には出てこない現実がありました。質疑応答の時間で、東京から参加した鍼灸学生さんが「がんと向き合うこととは?」といった質問をしました。赤星先生の答えは「美容やスポーツ、五十肩と変わらないかな」といった内容でした。がんだからと特別視せずにいくという。また別の鍼灸学生さんへの回答で「思いが強くて共倒れしないように。鍼灸師としてどう働きかけるか。」といった内容の発言をしていました。それらの言葉に私はとても驚きました。自分にはがん患者さんを五十肩の患者さんと同じようには診ることができないだろうな、と。義母ががん患者になり、今月で発症後5年を迎えました。5年生存まできました。今も定期的に私は義母の自宅に訪れてリハビリや補完治療を行っています。私はがんにかかったことはありませんが、家族ががんになった鍼灸師です。帽子で隠していたので実際には見ていませんが、抗がん剤で毛髪が抜け落ちた義理の母と、そのような妻の姿をみる義理の父、実の娘にあたる妻、みんなをみるのが苦しかったです。義父とがん専門医のセミナーに参加したり、妻と義父の3名でセカンドオピニオンに出向いたり、抗がん剤の副作用で歩けなくなった義母のリハビリをしたり、と家族として過ごしました。家族だから距離を置くことができません。
大学病院の緩和ケアでは担当した2名の患者さんが旅立ちました。電子カルテを開いて入力された「永眠」の2文字を見て黙って手を合わせました。
赤星先生は自らがん患者を経験したことで私には想像できない覚悟を持ったのでしょうか。私にはまだそこまでの覚悟が持てないだろうなと思います。がん患者も五十肩患者も同じだと言うだけの知識・経験・覚悟をこれからつけていきます。私は、医師が手に負えないくらいの重篤患者さんに最後に頼られるのは鍼灸師であり東洋医学ではないかと考えています。このことを昨年学生に向けて話しました。しかし赤星先生を直でみて話を聞いて、「ハリトヒト。」インタビューで素性を知っていたにも関わらず、赤星先生の人間的な強さを感じ、自らの覚悟がまだ甘いということを知りました。
文字で、情報で、知った気になっていた。実際に会うのとは違う。ハトマ。というイベントはその当たり前を再確認する機会でした。
甲野 功
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