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柔道整復師および接骨院にとって大きな転機を迎える可能性があるニュースがありました。健保連が柔道整復師療養費を償還払いにする強い意向を示したというものです。
健康保険組合連合けんぽれんホームページ 健保ニュース2020年6月上旬号
『
幸野理事インタビュー
柔整療養費に償還払い導入は可能
長年の不正請求根絶に強い決意
』
結構長い記事で、専門用語も多いので抜粋して解説していきます。けんぽれん(健保連)とは健康保険組合連合のこと。ホームページの説明では『一定規模以上の社員(被保険者)のいる企業が設立する健康保険組合の連合組織』とあります。簡素な表現にすると、大企業の保険証を管轄している組織、と言えば分かりやすいでしょうか。国民健康保険であれば地方自治体が健康保険を担っています。それが大企業であれば企業ごとの健康保険を運営していて、社名の入った保険証を従業員とその扶養家族が持っています。その大企業の健康保険組合をまとめる組織と考えていただければいいでしょう。
記事の冒頭で
『
健保連の幸野庄司理事は、4月22日に開催された社会保障審議会医療保険部会の柔道整復療養費検討専門委員会で、現在、受領委任払いで運用されている柔整療養費について、保険者の裁量で償還払いに変更することを容認していく姿勢を明らかにした。幸野理事は本誌のインタビューで、これまで長年にわたり改善が図られてこなかった柔整療養費の不正対策について強い憤りを示すとともに、受領委任制度が不正の温床となる現状に懸念を示した。そのうえで幸野理事は、あはき療養費に受領委任払いが導入された際に「支払方法の選択は保険者の裁量による」とされた実例をもとに、柔整療養費についても保険者の裁量により償還払いに変更できるとの認識を示し、今後実現に向け、厚生労働省と実務ベースの調整を進めていく考えを明らかにした。
』
とまとめています。
事情を知らない人は何を言っているのかさっぱり分からないかと思います。解説をしていきます。
まず柔道整復師という医療系国家資格があります。私も取得しているものです。柔道整復師は急性外傷(いわゆるケガ)のおいて、手術(観血療法と専門用語でいいます)や薬を使うものを除いた、応急処置を主に行う仕事です(※実態や職域に関する意見はありますが学校で習う内容の大部分を外傷について学びます)。後で出てきますが、整形外科の医療機関が十分になかった頃は「ほねつぎ」と言われ、骨折、脱臼の応急処置を担ってきました。柔道整復師は(保健所の用語でいう)施術所として接骨院(整骨院)を開設(開業)することが認められており、特例として“受領委任払い”という制度を使うことが許されてきました。
“受領委任払い”とは。突発的なケガをしたとします。痛みで満足に動けません。近所の接骨院にかかり応急処置をしてもらいました。その際に健康保険が適応されるのですが、実費で1万円かかったとします。本来であれば接骨院を運営する柔道整復師に1万円を支払い、保険の自己負担額分を除いた金額をあとで保険者(健康保険を運営している団体。地方自治体や企業が運営する保険組合など。)に請求することになります。自己負担が3割だとすれば、3千円が自己負担額で残りの7千円を保険組合に請求して返金してもらうということです。しかし急なケガで1万円を支払うのは金銭的に苦しい。しかも自分で書類を作成して申請して、書類審査を受けて、返金されるのは数ヵ月先(保険者によりますが)。これは泣きっ面に蜂というもの。ならば柔道整復師は患者さんの代わりに保険者へ保険請求をするよう委任してもらう。患者さんは1万円費用がかかっても3割の自己負担分の3千円を柔道整復師に支払うだけでよい。書類作成と残りの保険請求分は柔道整復師にお願いする。
それが受領委任払いという制度です。
この一見、患者さんのためのものと思われる受領委任払いを廃止し、“償還払い”に変更させたいという意向を健保連の理事が示したということです。
“償還払い”とは。上記の解説で書いた、ケガをした際にひとまず全額実費分を患者さんが接骨院に支払い、後に自ら書類を作成して保険者に請求して実費から自己負担分を引いた残金を請求するというやり方です。患者さんにとっては一時的に全額実費を支払い、かつ書類作成から請求作業を行わないといけませんから、非常に大変です。利点としては患者さん自身が請求内容を把握できる点があります。
なお医師とは保険のシステムが異なりますので混同しないでください。
一見、患者さんにとっては不利益になるような制度改正要求なのですが、背景には記事のタイトルにあるように不正請求問題があります。受領委任払いをすると患者さんはどのように保険請求がなされているのか分かりません。柔道整復師を、接骨院を、信じるしかありません。実際には急性外傷ではないものでも捻挫と記録して保険請求をしている例が多々あります。
『
健保連が実施したアンケート結果において、不適切な請求事例があると回答した358健保組合のうち49%が外傷性の負傷事由以外での施術、34%がヨガやダイエットプログラムなど療養費と認められない施術という回答だった。
』
インタビューではこのように発言しています。つまり不正請求が多くて、それを阻止したいということが理由です。受領委任払いの場合、柔道整復師が書類を作成します。患者さんは保険請求を委任する署名をして、窓口に言われた自己負担額を支払うだけです。どのような請求になっているのかはブラックボックス化してしまいます。保険請求を受ける健康保険組合は書類を信じて支払うわけですが、これはどうもおかしい、となるわけです。税金は“国民の血税”と称されますが、健康保険組合が運営する資金は天引きしている“従業員の利益”と“企業の資金”です。無駄には使えませんし、使いたくありません。調査をしてみたら、あまりに認めらない内容があったため防止策を取りたいわけです。
償還払いにすれば、患者さんは財布から10割分の実費が消え、自ら残りの保険分を自社の健康保険組合に請求します。不正があれば、患者さんは我が事なのでしっかり目を光らせるということです。健康保険組合が支払うのは従業員だけなく、従業員が扶養している家族も含みます。自社の従業員とその家族が病気や怪我で困った時に支援するための制度ですから適正化を求めるのは当然です。ただでさえ健康保険組合が資金難で解散する事態が出てきています。新型コロナウィルスの影響で経済が停滞する今状況はよりひっ迫していると予想できます。そのことについても記事の最後のほうに言及しています。
健保連理事の主張としては、不正を正し適正な保険請求を求めていることが一貫して伺えます。それが現行の受領委任払い制度では難しく、償還払いに転換することが対応策になると。ではなぜ不正請求がまかり通るのか。なぜこれまで受領委任払いで来たのか。その理由についても解説しており、背景を知るうえで興味深いものです。
『
柔整療養費の不正対策は、診療報酬改定年に実施される料金改定と並行し専門委員会で議論してきたが、平成28年以降、毎回同じ議論を繰り返すのみで進展はなかった。施術者側は保険者側の主張にことごとく反対し、行政をも軽視しているようで、不正の横行に対する危機感は全く感じられなかった。
』
このように施術者側、すなわち柔道整復師を批判しております。もちろん当たり前の意見として“適正な保険請求を行っている柔道整復師も存在する”という声はあるでしょう。しかし不正請求がそれを遥かに上回り、数年前から議論しているがらちがあかない本音が見えてきます。
『
領委任制度の最大のメリットは、行政が施術者を指導監督できるところにあるにもかかわらず、実態として行政の指導監査が機能していないばかりか、平成30年5月には厚生労働省から保険者の審査を制限するかのような事務連絡通知が発出され、ホームページには一方的に不適切な患者照会を行っている保険者を通報する相談窓口が設けられた。
』
と行政の指導管理不足にも言及しています。これは不正請求を取り締まらない現状に対してネット上で“日本は法治国家ではなく放置国家だ”と声を挙げたものに通じるかもしれません。
『
さらに昨年12月には協定を締結している社団法人日本柔道整復師会等から、健保組合や都道府県連合会へ「医科との併給」を認めさせようとする牽制文書が発出された。そのうえ、行政にはこの内容を認めるよう強要する文書を発出する等、保険者との信頼関係を踏みにじる協定関係への背信行為も発覚した。その後、健保連の抗議によりこの文書は撤回されたものの、施術者は、自ら受領委任制度の基礎となる信頼関係を破壊した。もはやこのような状況を放置していてはいけないという思いが日に日に強くなった。
』
と不信感が拭えない状況になっている様子がわかる文面が続きます。
柔道整復師に対する受領委任払いが認められた経緯についても説明しています。
『
健康保険法第87条では、療養費は保険者がやむを得ぬと認めた場合に被保険者等からの申請により支給される「償還払い」が原則となっている。柔整療養費の場合、整形外科医が少ない時代に応急手当が必要となる場合の代替機能として、協定や契約を締結することにより、全ての保険者で自己負担のみで施術を受けられる「受領委任」になったという経緯がある。現在、整形外科医は充足しており、接骨院で骨折や脱臼に対する応急手当を必要とする事例はごく僅かである。もはやすべからく「受領委任」という特例を認める理由は見当たらない。
』
受領委任払いはあくまで整形外科医が足りなかった特例であり、現代にはそぐわないとも。法律に基づいて原則である償還払いに戻したいわけです。健康保険組合、厚生労働省、柔道整復師は本来同じ向きを向く協力関係であるはずですが、敵対関係になっているかのようです。実際に私の後輩で「会社から接骨院に行くなと言われています」という声を聞いたことがあります。私が入っている生命保険の職員も接骨院は償還払いでないと行くことを認めないと会社から言われたと話しました。企業側からすると<接骨院は要注意である>という意識を肌で感じることが増えました。原因は何かと言えば、健保連の理事がおっしゃる通り柔道整復師が不正請求を繰り返したこととそれを見過ごしてきた行政の態度、ということになるのでしょう。私が接骨院の現場にいた2011年の頃から既に問題視されていたことです。
この健保連の意思がどのように反映するかは状況を見守るしかないのですが、償還払いに変わっていくように思えます。そうなれば国民健康保険や協会けんぽもシステムが変わっていく流れになるのではないでしょうか。
柔道整復師にとっては保険請求業務が省かれて、実費がすぐに手元に残るようになります。受領委任払いの場合、月末から月初にかけて(保険請求をする数によりますが)膨大な事務作業が必要で、かつ入金されるのは数ヵ月先ということがあります。真っ当にしている柔道整復師にとっては朗報です。健保連の姿勢が柔道整復師業界に大きな変革をもたらすかもしれません。
甲野 功
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