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先月6月に東京新聞ウェブサイトにあるニュースが出ました。
<伝統の「中医学」の悪口言ったら刑事罰 習政権方針に批判続出>
本文を出します。
『
【北京=中沢穣】中国の習近平(しゅうきんぺい)政権が新型コロナウイルスへの治療方法として中国の伝統医学「中医学」の活用を推進する中、北京市政府が、「中医学への悪口や中傷」に刑事罰を科す条例の制定を目指している。だが科学的な批判もできなくなると批判が相次ぐ。
北京市が五月末に公表した条例案は、中医学に対する「いかなる形式の悪口や中傷も許されない」と定め、そのような悪口などが公共秩序を乱すとして「公安機関によって刑事責任を追及する」と明記した。
これに対し、北京大の王錫〓(おうしゃくしん)教授は中国メディアに「悪口や中傷の定義がなく、批評や論争を通じた中医学の発展を拒む」と批判した。清華大の何海波(かかいは)教授も「中医学の効果に自信がないことを示している」と話す。批判を受け、市当局は条文の一部を削除する可能性を示唆している。習政権は中医学など伝統文化の礼賛を強めている。北京市トップの蔡奇(さいき)党委書記は習氏の「腰巾着」(外交筋)として知られる。
※〓は金へんに辛
』
短い記事ですが、内容はとても興味深いものです。
まずタイトルにある中医学とは何でしょうか。
中医学とは諸説ありますが、中国の伝統医学の総称で中国鍼灸と湯液(日本でいうところの漢方)を指します。さらに、気功、太極拳などを含むこともあります。
鍼灸の発祥は中国でありますが、必ずしも伝統を継承してきたとは言えない部分があり、古典的な文献や手法は中国から伝わった日本の方が守ってきたとも考えられます。
中国では毛沢東の時代に新しい中国伝統医学を構築する号令が出され、現代の中医学というものが完成したと言われています。そこには現代医学(西洋医学)の良い面も組み込まれているとされていて、日本の鍼灸に比べればずっと現代医療と連携ができているといえます。
日本では鍼灸師が漢方薬を扱うことはできません。薬剤師免許がなければいけません。もちろん処方もできません。鍼灸師が登録販売者となり薬局で一般に買うことができる医薬品を売ることができるくらいです。鍼灸師免許を取った後に薬剤師免許も取得する人、反対に薬剤師が鍼灸師免許を取りに専門学校に進学する人もいますが。
中医学という名称を敢えて使っていることからうかがえるように、“中国独自の”伝統医療であることを意識しています。すなわち日本(あるいは韓国)の鍼灸とは違うということを暗に示しています。歴史的に鍼灸を行ってきた国は中国・韓国・日本であり、日本は風土や文化の違いから独自の発展をしてきました。
単に<鍼灸全体>ではなく、<中国の鍼灸(と湯液)>が中医学であるという主張があります。中国では国を挙げて中医学を推し進めており、中国伝統医療としてユネスコ世界文化遺産に登録されています。
新型コロナウィルス発生源である中国(中国の一部はこのことを否定していますが)では、感染者治療に中医学を積極的に採用し、大きな効果があったと喧伝しています。鍼灸の医学的地位が低い日本では考えられませんが、中国では防護服を着た鍼灸師が新型コロナウィルス患者に鍼を刺し、灸を据えるのです。現代医療に加えて中医学を併用することにより大きな成果をあげたと中国政府は発表しています。
最初に紹介した記事に寄れば、北京市は「中医学の悪口を言ったり中傷したりしたら刑事罰を科す」という条例を作ろうとしているというのです。知っての通り北京は中国の首都です。本当にこのような条例が制定されれば中国全体に強い影響を与えることは容易に予想できます。
日本に置き換えると東京都の条例で「日本鍼灸を悪く言ったら刑事罰」という決まりを作ることであり、どれだけおかしなことか分かるでしょう。
当然ながら、中国国内からも反発の声が挙がっている、と記事の後半で紹介しています。北京大学や清華大学の教授といった中国の識者は「悪口や中傷の定義がなく、批評や論争を通じた中医学の発展を拒む」との批判や、「中医学の効果に自信がないことを示している」と話していると。これらの批判を受け、北京市当局は条文の一部を削除する可能性を示唆している、と記事は締めています。
この記事の内容が本当だとすると言論統制であることは間違いなく、無条件で中医学を信奉せよと言っているようなものです。中医学の優位性を世界に広めたるために、国内の批判を許さないという思惑が見えてきます。
中国では新型コロナウィルス治療の最前線で中医学の鍼灸師が活躍してきました。これは全世界で中国にしかできないことであり、ある意味偉業です。良くも悪くも日本では新型コロナウィルスに対して鍼灸師の出番はありません。他の国でも新型コロナウィルス感染者に鍼灸師が立ち向かうという話は知りません。
中医学を行う鍼灸師の命がけの行動により、多くのデータとノウハウが集積されたことでしょう。中医学が純粋な科学として研究され発展していくことは素晴らしいことですが、中国政府の思惑、政策に利用されてしまっては真っ当な医学とはいえないでしょう。
このような強引な中医学推しを警告する別の記事があります。
日本経済新聞社
<伝統医学の世界普及狙う中国(The Economist)>
記事の一部を抜粋します。
『
世界各国の当局は市民に対して、新型コロナの治療に代替療法を使うのは注意する必要があると呼びかけている。ところが中国では政府が中国の伝統医学を大々的に推進している。中国国家衛生健康委員会はこの1月、新型コロナ感染拡大の危機が高まったのを受け、政府が推奨する治療法に一連の伝統医学による治療法を加えた。さらに、患者(軽症患者向けに伝統療法の病院が設置された武漢市のスポーツセンターに入った患者など)にその療法を施すため、5000人近くの専門家を湖北省に送り込んだ。国家中医薬管理局の高官は3月23日、新型コロナの患者全体の90%以上に伝統医学の治療を施し、そのうち90%に「効果があった」と発表した。もっとも、この主張を裏付けるデータは示さなかった。
』
<新型コロナの患者全体の90%以上に伝統医学の治療を施し、そのうち90%に「効果があった」と発表した。もっとも、この主張を裏付けるデータは示さなかった。>
最後の、主張を裏付けるデータは示さなかった、という文言が「都合よく言っているだけでしょう」という批判の意志を感じます。
続けて中国伝統医学を推進する具体的なリスクを挙げています。記事を抜粋します。
『
■伝統医学推進がもたらす2つのリスク
これらの伝統療法は、どれも大半の人にとっては無害だ。しかし、中国政府がこれを強力に売り込むとなると、2つの大きなリスクが浮上する。
1つは中国の伝統医学を従来の治療よりも好ましいと考える人が出てくる点だ。従来の治療(西洋医学)は伝統医学とは違い、命を救う効果が証明されている。もう1つのリスクは、野生動物保護に逆行する点だ。伝統医学では動物の様々な部位を治療に不可欠な要素とすることが多い。中国政府は絶滅危惧種の使用こそ禁止しているが、虎の生殖器やサイの角など希少動物の部位には強力な効能があるとなお広く信じられている。
』
2つのリスクとして、前者は消極的弊害と言われるもので標準治療・最先端治療を行わなければ症状が悪化するケースで中医学を含む伝統医学の方を優先させてしまって重篤化を招く恐れがあることをいっています。後者は動物保護の観点から問題提起しています。
中国とWHOの関係についても記事では触れています。
『
■WHOも味方に付けたが
世界保健機関(WHO)も中国の伝統医学をある程度、評価している。WHOは3月、ウェブサイトから「薬草などを使った治療法には、新型コロナに対する効能はなく、有害となる恐れがある」という文言を削除し、これはあまりに「大ざっぱな」表現だったとの声明を発表した。
WHOは14年に発表した報告書で伝統医学は「重要だが過小評価されることが多い」とした上で、「質の高さや安全性、効能を証明できるなら」医療に足りない部分を補える可能性はあるとした。しかし、多くの中国の伝統医学はその条件には該当しないだろう。
』
新型コロナウィルスに関して、WHOは中国に有利になるような言動をしているとアメリカ及び各国は非難しました。客観的にみても首をかしげるような発表をWHOはしてきたと思います。WHOのお墨付きを得ようとする中国の態度を批判するような記事であるといえるでしょう。
日本とは異なり政府の後ろ盾がある中医学の鍼灸師。日本人鍼灸師である私からすると多くの面で優遇されていると認めています。しかし国の意向に左右されるという感覚もあり、それも良し悪しかもしれません。
中医学があまりに政府色が強くなり過ぎないかと。
例えば漫才のM-1コンテストで政府が推すコンビが毎回優勝し、そのコンビの笑いが正しいとされたら漫才の未来はどうでしょうか。純粋にお笑いを極めるひとは去っていき政府に気に入られる漫才師しか残らず、結果的に衰退するのではないでしょうか。中医学も同じようなことが起きないでしょうか。
またアメリカをはじめ各国からの中国(政府)批判に紐づけられて中医学も批判されてしまう懸念もあります。
新型コロナウィルスという困難を逆手にとり、国内外に対して中医学ならびに中国の優位性を過剰にアピールする行動が、反対に中医学を窮地に及ぼさないでしょうか。中医学は中国政府がいいように改竄したデータしか出さない信用できないものだと。
更には鍼灸全体にも関係してこないでしょうか。世界は、世間は、東洋医学と中医学の区別はほとんどつかないでしょう。また日本の鍼灸と中医学の鍼灸の違いもよくわからないでしょう。中医学は信用ならない、だから鍼灸も胡散臭いもの。そのような印象を持たれないか少々心配です。
中医学の優位性を見せようとするあまり、悪口を許さないという決まりを作ろうとしているというニュース。純粋に症例と向き合い臨床に臨む、そして研究する中医学の鍼灸師に悪影響にならないことを願います。
甲野 功
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