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マッサージ師、鍼灸師に話題の興味深いマンガを買いました。
ケンシロウによろしく ジャスミン・ギュ作 講談社
背表紙の言葉を抜粋して引用します。
『
復讐を誓った沼倉は、漫画『北斗の拳』を読み続けることによって伝説の暗殺拳「北斗神拳」を体得し仇を討とうとする。これは復讐に燃える男が暗殺拳を極めようとした果てに人々を幸せにする物語である。
』
もうこれだけで色々と突っ込める作品です。こちらの紹介をしていきます。
※なおコミック第1巻までの情報で紹介するので、連載中の内容は一切知らないという状態です。また専門性の高い部分について触れていますが、若干のネタバレになるかと思いますので注意してください。
まずタイトルの「ケンシロウによろしく」。これは「ブラックジャックによろしく」のパロディであることは間違いないでしょう。
「ブラックジャックによろしく」とは佐藤秀峰氏による講談社から出たマンガ作品です。
その「ブラックジャック」とはかの故手塚治虫氏の作品「ブラックジャック」のことであります。
「ブラックジャックによろしく」は現代医療の問題を切り込んだ医療マンガであり、本作に手塚治虫氏のブラックジャックが関わることは出てくることがありません。そもそも秋田書店から出したブラックジャックを講談社のマンガでタイトルに使うという離れ技をするという。しかも「ブラックジャックによろしく」は作者が著作権を手放し二次利用を自由にできるようにした異例の作品です。
そしてこの「ケンシロウによろしく」。
ここでいう「ケンシロウ」とは武論尊原作・原哲夫画の集英社から出した少年マンガ「北斗の拳」主人公の名前であります。
「北斗の拳」は少年ジャンプに連載されたジャンプ王道のバトルマンガで、世紀末の日本を舞台に超人のような登場人物たちが戦いを繰り広げる作品です。とても有名な作品で、手塚治虫氏の「ブラックジャック」と同様に作品が独り歩きする人気作品。
集英社の「北斗の拳」を講談社のマンガで堂々と扱うというこちらもなかなかの離れ技。しかもコミック1巻の表紙にはジャンプコミックス「北斗の拳」が山積みにされている様子が描かれています。初期のコミックスを忠実に描かれており、ジャンプコミックスを表すJCもきちんとあります。繰り返しますが「ケンシロウによろしく」は講談社から発売されています。
もちろん「北斗の拳」関係者には承諾を得ていることでしょうが、競合であるジャンプコミックスの宣伝にもなり兼ねない表紙を講談社が認めるのはなかなかのことでしょう。
そして「北斗の拳」とはどのような作品かというと、東洋医学に関連した作品なのです。少なくとも初期設定としては。
以前紹介しましたが、東洋医学の基礎中の基礎である陰陽論に則した内容で、
陰:北斗、内部破壊、一つの流派
陽:南斗、外部破壊、108の流派
となっています。
そして経絡秘孔という体の点を突くことで内部から敵の身体を破壊するという設定の北斗神拳が出てきます。
それまでのバトルマンガは拳や武器、魔法、超能力などによって強力な外力で相手を破壊する攻撃方法ばかりでした。それが経絡秘孔というツボを突くことで弱い力でも絶大な効果を出せるということを世間に認知させます。「北斗の拳」以降、特にジャンプ系のマンガではツボをつくことで過剰な効果が出せることが一般化したように思います。
「聖闘士星矢」や「NARUTO」にも引き継がれていったと言えるでしょう。特に「聖闘士星矢」において大量出血していても胸のツボ(真央点)をちょっと押すだけで止血できてしまうという設定は「北斗の拳」が無ければ無理があったと考えます。
作品が進むにつれて無くなっていく設定ですが、「北斗の拳」当初は強い力ではなく全身のツボ(経絡秘孔)を指で押すことで体内から破壊して敵を倒します。作中で最初に出した技、北斗百裂拳は指や手の形が全て異なり敵の経絡秘孔を突きます。相手は痛くないので、何をされたか理解できないところに、かの有名な「お前はもう死んでいる」とセリフが出て、数秒後に体がひしゃげて爆発するのです。(そのシーンのパロディーが本作にもあります)。
経絡という言葉は東洋医学に実際にある言葉で、気の流れるルート、という意味合いで用いられます。ツボは経穴と東洋医学では呼びます。そう孔と穴でどちらもツボに「あな」の意味があり、経絡秘孔という言葉も経絡・経穴を意識して作られたものと推測できます。かつては、鍼灸師をしていると「北斗神拳」みたいなことができるのか?と聞かれたものです。
さてこの「ケンシロウによろしく」はフィクションである北斗神拳を本当にできると信じた少年が30年の年月を掛けて研究し体を鍛えて復讐相手にツボ押しで挑むという内容。「北斗の拳」をパロディーにしたギャグマンガなのですが、主人公は成長過程で厚生労働省認可国家資格「あん摩マッサージ指圧師」免許を取得してしまいます。復讐するはずが本職が凄腕マッサージ師となり、しかも開業を果たしているという。暗殺拳を研究しているはずが人を癒す立場になっていたというギャグなのです。
注目すべきは主人公がきちんと専門学校に通い「あん摩マッサージ指圧師」免許を取得することにあります。ここの所をしっかりと取材している作者の律義さを感じます。私がこの作品を購入した理由もここにあり、丹念に調べて描いていることが分かるのです。
本職のあん摩マッサージ指圧師からみた「ケンシロウによろしく」の専門的な視点を紹介していきましょう。
作中にあん摩マッサージ指圧師免許が描かれます。本物の免許を参考に描いているのでしょう。賞状の大きさと見た目で、運転免許証のような写真入りの携帯可能なものではありません。
実物には「東洋療法研修試験財団」と記載されていますが本作では「東西洋療法研修試験財団」となっています。細かい字ですが東洋が東西洋となっています。これは本物の免許を持っていないとわざわざ確認することもないでしょう。そこを敢えて変えているところがギャグなのか実際の団体に対する配慮なのかは分かりませんが面白いところです。
作中、主人公は腰陽関という経穴に母指振動圧法という高等テクニックを使っています。腰陽関というのは腰骨の出っ張りの間になります(正確には第4・第5腰椎棘突起間)。直下に骨や靭帯となるのであまり指圧する場所ではありません。この経穴に母指振動圧法という親指で押しながら細かく震わせる技術を披露します。振動数は1秒に20回。
無理です。私にはできません。振動圧法はとても疲れますのでそれを親指の先で行うのは相当高度な技術と筋力、指の頑丈さが求められると思います。ギャグだと信じたい選穴(経穴を選ぶこと)と技術ですね。
主人公は握手するかのように神門を示指(人差し指)で押すというテクニックを使います。神門とは手首の内側にある経穴で割と有名な場所です。神門は女性誌のツボ特集に出てくるくらい有名なのですが、そこをかしこまって押すのではなくさりげなく押すというシーンに、プロの方に取材したのだろうなと予想してしまいます。
鍼灸師だととてもポピュラーな経穴に八髎穴というものがあります。これは後仙骨孔というお尻にある仙骨という骨にある8つの孔で上髎、次髎、中髎、下髎の4種類(左右対なので合計8個所)を指します。ここは生殖器機能関連によく使われる経穴なのですが、主人公は相手を座らせた状態にして、拳(正確にはPIP関節部分を当てています)で振動圧法をします。
これも私にはできません。座位といって座らせた状態では圧が逃げてしまうので片方の手で相手の体を押さえていないといけないですが、主人公は両手を使って振動を与えています。ギャグ要素で描いていますが高度なテクニックです。
頭のてっぺんにある四神聡と百会という経穴が登場します。これらもポピュラーな経穴であります。そこに指頭巧打(おそらくこの技術になると思います)を加えるというやり方を披露しています。北斗神拳のパロディーもあるのでしょうが押すのではなく叩くという技術にセンスを感じます。同じように座位で行うので力の加減が難しいはずです。
主人公はあん摩マッサージ指圧師の資格を取るだけでなく、ありとあらゆるツボを研究しました。そして猫のツボすらも熟知しているのです。人間だと頭頂部にある百会を猫の場合はしっぽの付け根部分にあることを知っています。私も鍼灸マッサージ教員養成科に進学して知った知識で、このことを知っているとは相当作者は勉強(資料集め)をしたのだと伺えます。
ツボと言えば足底反射区(リフレクソロジー)も主人公は理解しています。リフレクソロジーはヨーロッパで生まれたとされて、東洋医学の経穴とは異なります。経穴がピンポイントの点だとするとリフレクソロジーのツボはエリア、広さがあります。
作中ではタイ古式マッサージのツボも研究する描写があり、あん摩マッサージ指圧師の勉強だけでなく他の国独自のツボまで網羅しております。
私もリフレクソロジー、タイ古式マッサージを習ったので、ここまで作中で取り扱っていることに驚きました。
他に実践的なやり方をしているなと感心したのが、うつ伏せになっている相手に太衝を中指で押すという場面。太衝は足の甲にある有名な経穴なのですが、そこを中指で押します。中指は親指を除くと一番力が入る指。うつ伏せの相手の足の甲を持ちあげつつ押すというのはとても実践的な技術です。この体勢だと親指で押すのが難しいのです。
作者は実際に押している姿をみて描いているのでしょうか?実際に使える技術であり、本職としてとても興味があるところです。
主人公はオイルマッサージもできます。あん摩マッサージ指圧師という免許は按摩(あん摩)、マッサージ、指圧という3つの異なった技術を一まとめにした資格です。あん摩マッサージ指圧師のマッサージとはオイルマッサージのような皮膚に直接触れる技術を指します。
オイルマッサージも当然のようなこなす描写に、本当にきちんと取材しているのだとわかります。
膺窓、天谿、淵腋、乳根というかなりマニアックな経穴が作中に出てきます。バストアップのツボとして紹介されていますが一般の人には読み方すら分からないはず。しかも天谿と昔の漢字で作中に出ており、現在は天渓と書きます。私が学生の頃は難しい方の漢字で習ったので懐かしく感じます。
ここらへんがコミック1巻を通して本職のあん摩マッサージ指圧師から見た注目点です。
他にも「北斗の拳」を知っていると分かる小ネタが満載です。「北斗の拳」を知っていれば、ケンシロウの兄で最強を目指すことを諦めて北斗神拳を治療に役立てる道を選んだ兄トキや、そのトキの偽物で新しい北斗神拳を作ろうと人体実験を繰り返したアミバの存在を知っているでしょう。作中の主人公の行動はこの2名のキャラクターになぞらえていると言えます。今後どのような展開になるのでしょうか。
またマンガ本編の絵では「北斗の拳」ジャンプコミックス1巻が2冊描かれており、表紙では訂正されています。これも敢えてやっていることなのでしょうか。
ギャグマンガでありながら、あん摩マッサージ指圧師についてきちんと取材をして描いてあることが分かります。私は北斗の拳を読んだ世代なので元ネタも分かります。2つの意味で楽しめる作品です。
甲野 功
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