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~経絡経穴を鉄道路線図に置き換えてみる~

小田急線路線図 小田急ホームページより
小田急線路線図 小田急ホームページより

 

鍼灸師が一般の方と大きな違い、特殊能力があるとするならば、経絡と経穴を全て暗記していることではないでしょうか

東洋医学を知る、鍼灸の技術がある、といったところが鍼灸師の専門性だと思います。東洋医学全般に関しては鍼灸師でなくとも勉強して知っている人は多いでしょう。人の体に鍼を刺すという行為は一般の方には怖くてできないことでしょう(人によっては躊躇なくできるかも)が、法律上は医師免許を持つ医師は鍼を他人に刺すことが許されます。外科手術に比べれば技術面は遥かに簡単でしょう。お灸に関してはセルフケアとして一般の方でも行っている場合があります。モクサアフリカという非営利団体はアフリカの貧しい人々に艾を捻って線香で火を点ける直接灸というものを教えています。これだけは鍼灸師にしかできない!というものは結構少ないのです。しかし経絡と経穴を全て暗記することはなかなかできることではありません

 

経絡とは体に存在する、気の流れるルートのようなもの。鍼灸師は最低限14種類の経絡を覚えないといけません。経絡はそこに所属している経穴とセットになっており、9つの経穴からなる短いものから60個以上の経穴でなる長いものまであります。
経穴とはいわゆるツボのことで、最低限361穴(経穴は何穴と数えます)は覚えないといけません。361という数字は最低限ということなので、臨床に活用する場合に覚えないといけない経穴数は400弱になるかと。

 

経絡は名前が「足太陽膀胱経」のように単純ではありません。経穴は普段使わない漢字(これまでの人生で見たこともないしここ以外でも見たこともないよというのもあります)があって名前を覚えるだけでもひと苦労。さらに位置、種類、効能など細かいところまで覚えないといけません。東洋医学が好きな人であれば、かなり細かいところまで知識を持っていることがあります。鍼灸技術においては医師であれば他人に行うことが法律上認められていますし、素人でもセルフケアとして日常から取り入れている方ならばある程度は真似できるかと思います。しかし経絡と経穴をしっかりと記憶することはそうそう真似できるものではありません
東洋医学やツボについて詳しい人ならば足三里や合谷といった有名な経穴はもちろん、30~50個くらい経穴を挙げることができるかと思います。女性誌の健康特集などにも経穴はよく紹介されます。それを400個余り覚えることが要求されるのが本職の鍼灸師というもの。
なお国家試験が終わっても完璧に記憶し続けるのは現実的ではありません。日常的に使わない経穴は記憶が薄れていくものです。ただ「水道」という文字をみて“これは経穴かも?”と頭にあるのが鍼灸師です。「厲兌」という文字をみて“れいだ”と苦も無く読めるのが鍼灸師です。こういったところが鍼灸師が持つ他に真似できない能力の一つではないでしょうか。その分勉強は本当に大変です。鍼灸専門学校に入って誰もが途方にくれるのが経絡、経穴を暗記すること。数は多いし、漢字が難しいし。関連する筋肉、神経、動脈、骨などの解剖学知識も加わります。東洋医学的な働きも覚えないといけません。経穴の特徴や関係のある経穴同士も知らないといけません。もう何が何だか学生さんにとって経穴を、経絡を、どう記憶に定着させてスラスラと出てくるようにするかが乗り越える壁になります。それも早い段階で。前提として経絡経穴が分かっていないと実技習得が進まないからです。

 

経穴を覚える方法は鍼灸学生にとって永遠の課題なのですが、そのやり方は常に議論されてきました。私が学生の頃、教員に寿司のネタに例えられたことがありました。寿司職人ならばトロ、アジ、サバなど人気のある寿司ネタは当然のこと、マイナーな魚も知って調理方法を習得するわけです。同じようにプロの鍼灸師になるならばほとんど使用されない経穴まで正確に記憶する必要があるよ、と。これは正論なのですが寿司職人になりたいと思ったことがない当時の私には何の解決にもなりませんでした。

あるときクラスメイトの発した、鉄道路線図みたいなものだよね、という一言を聞いてそれは確かにと納得し鉄道路線図に見立てて理解しようと考えました。そこから経穴と経絡を覚えやすくなっていったのです。鉄道は日常的に使います。嫌でも路線や駅は頭に入っています。利用するから自然と。同じように経絡を路線、経穴を駅として考えてみよう。そうしました。

経絡は各種路線です。東京にはJR、私鉄、地下鉄といった各種路線があります。生活圏に14種類は軽くあります。そう考えると経絡を覚えるのは路線を知るのと一緒くらいの労力になると考えました。都営地下鉄では大江戸線、新宿線、浅草線、三田線。東京メトロで東西線、南北線、有楽町線、日比谷線、銀座線、丸ノ内線、千代田線、副都心線。地下鉄だけで11路線。私鉄で小田急線、京王線、東武線、西武線。JRを入れなくともあっという間に14個は出てくるのです。そう考えれば14種類の経絡もできそうだと。

経穴は駅名です。山手線の全駅名はだいたい言えるし駅名も読めますしどこら辺にあるか把握しています。渋谷と上野が隣り合うとは思いません。王子と八王子は似ていますが場所がとても離れていることを理解しています。駅名ならば何だかんだで400くらい出てくるものです。そう割り切って経穴を覚えるようにしました。

 

一例として小田急線を使ってみます。小田急線は主に新宿と小田原を繋ぐ路線です。箱根によく行くので馴染みがありますので。経絡は気の流れるルートですから電車のイメージに近いです。始発の新宿から始まり終点小田原に向かっていきます。
小田急線には小田原線、多摩線、江ノ島線と3線があり途中で分岐します。経絡も同じように途中分岐するものがあります(膀胱経とか)代々木上原で千代田線に乗り換えたり、小田原から先が箱根登山電車に変わったりします。他の路線に乗り換えることができるように経絡も他の経絡と連絡している駅(経穴)があります(絡穴とか)小田急多摩センターや小田急永山のあたりはすぐ横を京王線が走っており、京王多摩センター、京王永山という駅がそばにあります。経絡が隣あって並走しかつ名称に関連性があるものが経絡経穴にもあるのです

新宿、町田、小田原といった大都市で他の路線に乗り換えられるターミナル駅があるように、経穴にもよく知られてよく活用されるメジャーな経穴があります。対して長後とか螢田といったあまり聞き馴染みのない(利用されている方には失礼な話になってすみません)駅があるように経穴もほとんど臨床で使われないマイナーな経穴もあります厚木と本厚木のように駅名が似ているというか関連性のあるものがありますが、経穴にも足三里と手三里のように関連性のある名前のものがあります小田急線読売ランド前と京王線京王よみうりランドのように他の路線でありながら隣り合って関係性がある経穴もあります(命門、腎愈、志室みたいな)路線も始発駅と終着駅が大切ですが、経穴も経絡の最初と最後は重要なことがあります(井穴とか)

このように経絡経穴を実在する鉄道路線図と駅名に照らし合わせると共通点が見出せて印象に残ります。私は学生時代に実際に利用している駅と路線を想像しながら経絡と経穴を覚えていきました。そうすると副次的に東洋医学の理解にも繋がることに気付いたのです。

 

都市伝説や風水の話になりますが、鉄道はパワースポットのエネルギーを人を介して都市部に運ぶ役割があるそうです。例えば京王線であれば高尾山のエネルギーを新宿へ運び、東武線は日光のエネルギーを浅草に、といったように。都心にある私鉄はだいたい有名観光地を結ぶように線路が敷かれていますが観光地そのものがエネルギーを持つパワースポットだとも考えられるのです。経絡とは人体に巡らされている気の通り道と考えるならば鉄道路線も似たように考えられます。経絡も五臓六腑の名前が付いており(十二正経)その臓腑と繋がり気を送っていると考えます。例えば新宿という街が東洋医学的な臓腑と考えれば乗客を気とし、気を出入りさせるルートになります事故や計器故障などで遅延が起きたとしましょう。混雑して乗客が電車内に満員になることがままあります。乗客が気と考えれば、東洋医学でいう気が滞る気滞という状態に近いのではないでしょうか。また完全に運休になれば鉄道に乗客がゼロとなり乗客がいなくなります。東洋医学の気虚というものを連想させます。反対に駅には人がごった返して動きが取れないフラストレーションが溜まります。これは(東洋医学で余計なものがある、停滞している状態)という感じです。

 

小田急線の話に戻すと東海大学前という駅があります。名前の通り東洋医学湘南キャンパスの最寄り駅です。この駅には東海大学生が乗り降りします。新型コロナウィルスにより東海大学に学生の立ち入りが自粛したでしょうから、その時期は乗降客が激減したはず。小田急線が健在でも東海大学を利用する人がいなければ東海大学前駅には人が少ない。東海大学湘南キャンパスを東洋医学の臓腑と考えれば臓腑の状況で経絡(小田急線)上の経穴(東海大学前駅)に気(乗客)が集まらないということ。そう考えることもできるのではないでしょうか。

 

鉄道路線→経絡、駅→経穴、乗客→気、街・施設→臓腑

 

このように見方を広げることで経絡経穴を覚えるのに役立っただけでなく東洋医学概論の理解にも影響を与えました。私の場合、若干鉄道オタクの面があるので理解しやすかったです。経絡経穴を身近なことを題材にするとよいかと思います。乗客(人間)を気に見立てる話は別の機会にもう少し掘り下げます。

 

甲野 功

 

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