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世間が「鬼滅の刃」最新刊にして最終巻が発売され、大いに盛り上がった12月4日。同じ日にある別のマンガも最新刊が発売されました。
ケンシロウによろしく ジャスミン・ギュ作 講談社
どんな内容かというと、2巻の帯コメントから引用すると
少年は、復讐のため漫画『北斗の拳』を読み続け伝説の暗殺拳「北斗神拳」の体得を目指し、気づけば天才指圧師になっていたー。
というもの。
主人公の沼倉が母親を奪っていった相手に仇を討つために少年マンガで読んだ「北斗神拳」を習得しようとしてプロのマッサージ師になってしまったという話です。シリアスな画ですがギャグマンガです。
ギャグマンガでありますが専門知識が虚実入り乱れて描かれています。本職で現役の「あん摩マッサージ指圧師」である私が読むととても興味深いものがあります。1巻が発売されたときに書いた
~「ケンシロウによろしく」を本職のあん摩マッサージ指圧師が読んでみた~
に続く最新2巻を読んだ感想を書いていきます。
なおコミック第2巻までの情報で紹介し、雑誌での連載中の内容は一切知らない状態です。マッサージにおける専門性の高い部分についてのみ触れますが、若干のネタバレになるかと思いますので注意してください。
まず主人公沼倉の仕事は「あん摩マッサージ指圧師」。
これは厚生労働省認可の国家資格であるあん摩マッサージ指圧師免許を取得しているということ。この時点でとても専門的であります。整体師やマッサージ師ではなく“あん摩マッサージ指圧師”としているところ。専門養成機関で最低3年間の勉強と教習、そして2月末の厚生労働省の国家試験を突破していることを示しています。1巻ではとても正確な免許証が描かれていました。
2巻で判明した事実ですが、沼倉は「あん摩マッサージ指圧師免許」だけでなく「柔道整復師免許」に「はり師免許」、「きゅう師免許」も取得していたのです。つまり合計4つの国家資格免許を持っていたのでした。
これには驚きました。
「あん摩マッサージ指圧師免許」だけでもストーリーは辻褄が合うのですが、敢えて4つも国家資格があることを情報としていれるとは。しかも鍼灸師と一緒にしがちの資格をきちんと「はり師」と「きゅう師」で分けてあります。これは正確な表現であり、細かいことですが本業にしている私にはとても嬉しいことです。きちんと調べている。
鍼灸と柔道整復師も持っているとなると浅倉の知識や技術が深いことが納得できます。
触診のみで末期ガン(悪性腫瘍)を見抜いてしまいます。
これは非現実的な内容で、どれだけ悪性腫瘍の患者さんに触ってくれば体得できるのか想像がつきません。医療機関で長年臨床経験を積んだらできることなのでしょうか。現代医療の知識をより深く学ぶのは柔道整復師の勉強です。鍼灸マッサージよりも東洋医学概論を学ばない分、疾病や病理について細かく学びます。柔道整復師の知識も持っているとなると、無理がある話ではありますが、ちょっと納得できる気もします。
また強烈な猫背で背骨がとても曲がっている人への施術で、頸椎の5から7番、胸椎の1から4番、と問題のある脊柱の状態を把握する描写があります。柔道整復師は骨や関節の勉強をあん摩マッサージ指圧師、鍼灸師よりも深く学ぶのでそれは納得できるものです。
鍼灸師としての東洋医学知識が深いことは前巻からも伺えました。この2巻でも発揮されています。
作中に『腎兪』という経穴(ツボのこと)が登場し、「性的エネルギーを高めるツボ」とあります。これは青年誌向けの内容も関係したストーリーですが、東洋医学的見地からするとあながち的外れでもありません。腎兪の腎は五臓六腑(肝・心・脾・肺・腎・胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦)の腎のこと。腎は生命力に関係する臓であり性力とも関係があります。腎兪は「腎の背部兪穴」であり重要な経穴。そこを押しているのは理にかなったものです。
続いて登場する経穴『陽陵泉』。作中では「気を巡らせて体勢を整えるツボ」と表現しています。この経穴はふくらはぎの外側、腓骨頭という骨の出っ張りの前側で下にあります。「筋会」、「胆の下合穴」、「胆の合土穴」と東洋医学的にとても重要な経穴です。そして腓骨頭はヒラメ筋、長腓骨筋、大腿二頭筋という3つの筋肉が付着する場所でここを押さえると3つの筋肉に効果が期待できるというもの。
そして『委中』。これは膝裏中央の経穴です。「四総穴」といって経穴の四天王みたいなとても有名な経穴の一つです。作中では腰をほぐすためにこの委中を使っていますが、四総穴の中で「腰部と背部の病に用いる」と言われるため、これも納得です。私も臨床ではよく用いる方法です。
経絡(気の流れ)で考えても腰を通る太陽膀胱経に属して効果的。何より委中は「四総穴」であるだけでなく、「膀胱の合土穴」、「膀胱の下合穴」でもあり東洋医学的に重要です。腰の痛みに膝裏を押すというのは鍼灸師にとっては親近感があるのです。
あん摩マッサージ指圧師としての技術も作中でみることができます。
背中の緊張がとても強い相手を前にして沼倉は手拳叩打法(しゅけんこうだほう)を使います。手拳叩打と書くと難しくみえますが握りこぶしを作って叩く方法です。この方法で緊張した背中を緩めていきます。
ただ叩くだけと思いきや習得するには練習が必要な技術で、熟練すると綺麗な音が鳴り衝撃が中に響くが痛くないものになります。押す揉むではなく叩くという選択肢をとるところが作者はなかなか分かっていると思いました。(北斗神拳の北斗百裂拳になぞらえているだけかもしれませんが。)
さらに意図的に腰を緊張している相手に対し、横から両方の『陽陵泉』を中指で押す描写があるのですが、これは高等テクニックと言えるでしょう。
うつ伏せに寝た相手はふくらはぎの外側に『陽陵泉』があります。そこを左右同時に横から押すとなると体勢が困難で親指で押すことが難しい。その際に親指を除いた四本の指で一番力がある中指を使うのは、分かっている人だと思います。前巻でも中指で押す描写がありましたが作者はきちんと取材をしていることが本職の私からはうかがえます。
そして『陽陵泉』を押すことで足に意識を集中させ、その隙に緊張した腰を押すという。これは私も実際に使うテクニックです。腰が硬すぎでこれは厳しいと感じた時は足を刺激して緩めてから腰に戻るようにしています。こんなにマニアックなことをよく知っているなと驚きます。
作中には推拿(すいな)も登場します。推拿とは古来中国の導引按蹻(どういんあんきょう)から発達したとされる徒手療法。導引按蹻は日本に渡り現在の按摩(あん摩)となり、中国ではそこから推拿に発展したと言われています。推拿については私もそこまで知っているわけではありません。推拿まで出してくるとは。作者は本当にこの世界のことをよく調べていると思います。
最後に一番興味深いストーリーが、「肩を敢えてほぐさない」ことでした。
これは沼倉がひどい肩こりをほぐすよう依頼されたにも関わらず、肩以外の部位を緩めてこれから主目的の肩の施術に入るという段階でやめてしまうのです。理由は、それをすれば相手が不幸になるからだと。物語の詳細は省きますが、沼倉は肩をほぐすことはできるがそれでは相手が幸せにならないと判断したのです。
疾病利得という言葉があります。これは病気や疾患があることで患者が利益を得ることをいいます。風邪をひくと普段は食べさせてくれないアイスクリームを食べさせてくれることを知っている子供。交通事故に遭ったが保険金がたくさん降りると喜ぶ大人。こういったことも疾病利得の一種。
作中では相手がひどい肩こりを個性にしていることを察知した沼倉はある程度体調を良くしたうえで手を止めるのでした。「マッサージは相手を幸せにするもの」。沼倉はこう作中で語ります。初対面の相手をマッサージしながらよく観察しています。
東洋医学は、疾患よりも人をみる、と言われます。そのことを体現しているエピソードでしょう。
このように本職のあん摩マッサージ指圧師(そして主人公沼倉と同様に鍼灸師、柔道整復師でもある)が「ケンシロウによろしく」2巻を読んだ専門分野に関する感想です。色々と難しく解説していますが本作はギャグマンガ。細かいことが分からなくとも素直に楽しめる作品です。同業者は細かいところを気にして読むとより楽しめるのではないでしょうか。
甲野 功
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