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前回、健常者のあん摩マッサージ指圧師養成学校を新設できない件に関する裁判について書きました。視覚障害者の生きるための手段の一つである「あん摩マッサージ指圧師」という仕事についても。問題の本質は視覚障害者にとって不利な状況にあることだと。
現在、我が国には「あん摩マッサージ指圧師」という国家資格免許が存在し、それが無ければ医師を除いて業としてはいけないという法律があります。以下の通りです
<あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(昭和二十二年十二月二十日法律第二百十七号)
最終改正:平成二三年六月二四日法律第七四号>
※一部抜粋
『
第一条 医師以外の者で、あん摩、マツサージ若しくは指圧、はり又はきゆうを業としようとする者は、それぞれ、あん摩マツサージ指圧師免許、はり師免許又はきゆう師免許(以下免許という。)を受けなければならない。
第十二条 何人も、第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならない。ただし、柔道整復を業とする場合については、柔道整復師法 (昭和四十五年法律第十九号)の定めるところによる。
第十三条の七 次の各号のいずれかに該当する者は、五十万円以下の罰金に処する。
一 第一条の規定に違反して、あん摩、マツサージ若しくは指圧、はり又はきゆうを業とした者
』
少し解説を加えます。
第1条では按摩、マッサージ、指圧を業とする(これは「反復継続の意思をもって行うこと」と判断されます)には免許を受けないといけません。
第12条では按摩、マッサージ、指圧を、免許を持たない者が業とすることを禁止しています(柔道整復は別。医師は禁止されません)。
第13条では規定違反をして按摩、マッサージ、指圧を業とした者は50万円以下の罰金刑に処すということです。
専門用語ではこれらのことを「業務独占」といいます。
この法律があるにも関わらず「あん摩マッサージ指圧師」免許を持たない人間がマッサージ行為を自由に行っています。そのことで視覚障害者の仕事が奪われて生活が苦しくなっていると言われています。
違法行為にあたるはずなのに何故取り締まられないのでしょうか。
法定速度を超えて公道を自動車運転すればスピード違反で警察に捕まります。破ったら罰則があるのが法律というものなのですが。もしも警察が一切取り締まりをしなければどうでしょうか。法定速度という考えは崩壊して誰もが好き勝手なスピードで運転するでしょう。事故が起きても自己責任という形で。
マッサージ行為も同じで、法律があっても誰も取り締まらないのです(全く無いとは言いませんがほぼ無いに等しいです)。よって上に挙げたマッサージ行為を禁止する法律があることすら知られていません。
このような無免許でもマッサージ行為ができてしまう状況になったことには原因があります。それが通称「HS式無熱高周波療法事件」と言われる事件に関する一連の裁判で、特に業界では「昭和35年判決」と言われるものが根幹だといわれています。
話が細かくなるので事件の概要だけ説明します。
あん摩マッサージ指圧師免許、鍼灸師免許を持たない者がHS式無熱高周波療法と称する方法で一般の人に治療行為をしたことが問題視されて裁判になりました。上に挙げた法律違反(あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法違反)としての裁判です。
第一審(平簡易裁判所)は昭和28年4月16日に判決が出ます。有罪となり被告に罰金100万円、執行猶予3年が言い渡されました。被告は控訴します。
第二審(仙台高裁)は昭和29年6月29日に判決。こちらも有罪となります。参考までに有罪判決文はこのようなものです。
仙台高裁有罪判決文
『
昭和28年(う)375号
昭和29年6月29日
[抄録]
[前略]
原判決挙示の証拠によれば、被告人が昭和26年9月1日から同月4日までの間、前後4回に亘り、肩書住居等において、反復累行の意思を以てA外2名に対し、HS式高周波器なる器具を用い、HS式無熱高周波療法と称する療法を1回100円の料金を徴して施したこと、即ち右施術を業として行った事実は明らかである。
而して諭旨は右被告人の行った療法はあん摩師、はり師、きゅう師柔道整復師法にいうところの医業類似行為ではないと主張するので之を按ずるに右法律第12条にいうところの医業類似行為とは「疾病の治療又は保健の目的を以て光熱器械、器具その他の物を使用し若しくは応用し又は四肢若しくは精神作用を利用して施術する行為であって他の法令において認められた資格を有する者が、その範囲内でなす診療又は施術でないもの、」
換言すれば
「疾病の治療又は保健の目的でする行為であって医師、歯科医師、あん摩師、はり師、きゅう師又は柔道整復師等他の法令で正式にその資格を認められた者が、その業務としてする行為でないもの」
ということになるのである。
而して右法律が之を業とすることを禁止している趣旨は、かかる行為は時に人体に危害を生ぜしめる場合もあり、たとえ積極的にそのような危害を生ぜしめないまでも、人をして正当な医療を受ける機会を失わせ、ひいて疾病の治療恢復の時期を遅らせるが如き虞あり、之を自由に放任することは正常な医療の普及徹底並に公共の保健衛生の改善向上の為望ましくないので、国民の正当な医療を享受する機会を与え、わが国の保険衛生状態の改善向上をはかることを目的とするに在ると解される、
本件について之を見るに被告人の司法警察員に対する供述調書、原審証人Dの証言(原審第三回公判)及び当審証人Eの証言を総合すれば、本件HS式無熱高周波療法は電気理論を応用して疾病を治癒する目的を以て製造販売使用せられているHS式高周波器なる器具を使用し、疾病治癒の目的を以て行われる施術で少くとも之を使用している者の間では疾病治療に著大の効果ありと信ぜられているものであるから、之を所定の資格を有する者が行った場合以外医業類似行為というべきことは疑いなく、
しかして被告人は医師、歯科医師、あん摩師、はり師、きゅう師又は柔道整復師等法令で正式にその資格を認められたものでないのに右施術を業として行ったものであるから被告人の前記本件行為が医業類似行為を業としたものとして前記法律第12条の規定に触れることは疑がない。
』
被告は上告します。そして問題が最高裁の判断です。
第三審(最高裁)は昭和35年1月27日に大法廷判決で破棄差戻しとなり、仙台高裁に再度審議をやり直せという結論でした。理由は、人の健康に害があるかないかが争点である、ということです。この昭和35年に出した最高裁の破棄差戻し判決が「昭和35年判決」と言われるもので重要なポイントになります。
差戻し審が仙台高裁で行われて昭和38年7月22日にやはり有罪判決が出ます。被告は上告しますが、最高裁の上告審も昭和39年5月7日に小法廷決定で有罪。最終的に有罪判決となりました。
<最高裁判所判例集 昭和38(あ)1898 棄却・有罪判決>
とても長いのですが主文を載せます。
『
主文
原判決を破棄する。本件を仙台高等裁判所に差し戻す。
理由
被告人の上告趣意について。
論旨は、被告人の業としたHS式無熱高周波療法が、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法にいう医業類似行為として同法の適用を受け禁止されるものであるならば、同法は憲法二二条に違反する無効な法律であるから、かかる法律により被告人を処罰することはできない。本件HS式無熱高周波療法は有効無害の療法であつて公共の福祉に反しないので、これを禁止する右法律は違憲であり、被告人の所為は罪とならないものであるというに帰する。
憲法二二条は、何人も、公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を有することを保障している。されば、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法一二条が何人も同法一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならないと規定し、同条に違反した者を同一四条が処罰するのは、これらの医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するものと認めたが故にほかならない。ところで、医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するのは、かかる業務行為が人の健康に害を及ぼす虞があるからである。それ故前記法律が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのも人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならないのであつて、このような禁止処罰は公共の福祉上必要であるから前記法律一二条、一四条は憲法二二条に反するものではない。しかるに、原審弁護人の本件HS式無熱高周波療法はいささかも人体に危害を与えず、また保健衛生上なんら悪影響がないのであるから、これが施行を業とするのは少しも公共の福祉に反せず従つて憲法二二条によつて保障された職業選択の自由に属するとの控訴趣意に対し、原判決は被告人の業とした本件HS式無熱高周波療法が人の健康に害を及ぼす虞があるか否かの点についてはなんら判示するところがなく、ただ被告人が本件HS式無熱高周波療法を業として行つた事実だけで前記法律一二条に違反したものと即断したことは、右法律の解釈を誤つた違法があるか理由不備の違法があり、右の違法は判決に影響を及ぼすものと認められるので、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものというべきである。
よつて、刑訴四一一条一号、四一三条前段に従い、主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官田中耕太郎、同下飯坂潤夫、同石坂修一の後記反対意見あるほか、裁判官全員の一致した意見によるものである。
裁判官田中耕太郎、同下飯坂潤夫の反対意見は次の通りである。
われわれは、医業類似行為を業とすることの法律による処罰が、「人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨」のものとする多数意見の解釈に賛成することができない。人の健康に害を及ぼす虞れがあるかないかは、療治をうける対象たる「人」の如何によつてちがつてくる。またそれは療治の実施の「方法」の如何にもかかつている。従つて有害無害は一概に判断できない場合がはなはだ多い。
この故に法律は医業類似行為が一般的に人の健康に害を及ぼす虞れのあるものという想定の下にこの種の行為を画一的に禁止したものである。個々の場合に無害な行為といえども取締の対象になることがあるのは、公共の福祉の要請からして、やむを得ない。かような画一性は法の特色とするところである。
要するに本件のような場合に有害の虞れの有無の認定は不必要である。いわんや法律の趣旨は原判決や石坂裁判官の反対意見にのべられているような、他の理由をもふくんでいるにおいておや。つまり無害の行為についても他の弊害が存するにおいておや。
以上の理由からしてわれわれは本件上告を理由がないものとし、棄却すべきものと考える。
裁判官石坂修一の反対意見は次の通りである。
私は、多数意見の結論に賛同できない。
原審の判示する所は、必ずしも分明であるとはいえないけれども、原審挙示の証拠とその判文とを相俟つときは、原審は、被告人が、HS式高周波器といふ器具を用ひ、料金を徴して、HS式無熱高周波療法と称する治療法を施したこと、即ち右施術を業として行つたこと、HS式無熱高周波療法は、電気理論を応用して、単なる健康維持増進のためのみならず、疾病治療のためにも行はれ、少くとも右HS式無熱高周波療法が、これに使用せられる器具の製作者、施術者並に被施術者の間では、殆んど凡ての疾病に顕著な治療効果があると信ぜられて居ること及び右治療法が、HS式高周波器により二枚の導子を以つて患部を挟み、電流を人体に透射するものであることを認定して居るものと理解し得られる。
かゝる治療方法は、健康情態良好なる人にとりては格別、違和ある人、或は疾病患者に、違和情態、疾病の種類、その程度の如何によつては、悪影響のないことを到底保し難い。それのみならず、疾病、その程度、治療、恢復期等につき兎角安易なる希望を持ち易い患者の心理傾向上、殊に何等かの影響あるが如く感ぜられる場合、本件の如き治療法に依頼すること甚しきに過ぎ、正常なる医療を受ける機会、ひいては医療の適期を失い、恢復時を遅延する等の危険少なしとせざるべく、人の健康、公共衛生に害を及ぼす虞も亦あるものといはねばならない。(記録に徴しても、HS式高周波器より高周波電流を人体に透射した場合、人体の透射局所内に微量の温熱の発生を見るのであつて、健常人に対し透射時間の短いとき以外、生理的に無影響とはいえない。)
されば、HS式無熱高周波療法を、健康の維持増進に止まらないで、疾病治療のために使用するが如きことは、何事にも利弊相伴う実情よりして、人体、及びその疾病、これに対する診断並に治療についての知識と、これを使用する技術が十分でなければ、人の保健、公共衛生上必ずしも良好なる結果を招くものとはいえない。したがつて、前記高周波器を使用する右無熱高周波療法を業とする行為は、遽に所論の如く、公共の福祉に貢献こそすれ、決してこれに反しないものであるとなし得ない。
而してあん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法が、かゝる医業類似行為を資格なくして業として行ふことを禁止して居る所以は、これを自由に放置することは、前述の如く、人の健康、公共衛生に有効無害であるとの保障もなく、正常なる医療を受ける機会を失はしめる虞があつて、正常なる医療行為の普及徹底並に公共衛生の改善向上のため望ましくないので、わが国の保健衛生状態の改善向上をはかると共に、国民各々に正常なる医療を享受する機会を広く与へる目的に出たものと解するのが相当である。
したがつて原判示の如き器具を使用して、原判示の如き医業類似行為を業とすることを禁止する本法は、公共の福祉のため、必要とするのであつて、職業選択の自由を不当に制限したとはいえないのであるから、これを憲法違反であるとは断じ得ない。単に治療に使用する器具の物理的効果のみに着眼し、その有効無害であることを理由として、これを利用する医業類似の行為を業とすることを放置すべしとする見解には組し得ない。
原判示は以上と同趣旨に出で居るのであるからこれを維持すべきものであると考へる。
検察官 安平政吉公判出席。
昭和三五年一月二七日
最高裁判所大法廷
裁判長裁判官 田中耕太郎
裁判官 小谷勝重
裁判官 島保
裁判官 斎藤悠輔
裁判官 藤田八郎
裁判官 河村又介
裁判官 垂水克己
裁判官 河村大助
裁判官 下飯坂潤夫
裁判官 奥野健一
裁判官 高木常七
裁判官 石坂修一
』
主文で何を書いているかと説明します。
前提として日本国憲法第22条で何人も、公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を有することを保障しています。このHS式無熱高周波療法は有効無害の療法であるので公共の福祉に反しないので、これを禁止ことは違憲であり、被告人の行為は罪とならない。上記に挙げたあん摩マッサージ指圧師に関する法律でいう医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するのは、その行為が人の健康に害を及ぼすおそれがあるからである。仙台高裁の出した判決はHS式無熱高周波療法が人の健康に害を及ぼす虞があるか否かの点についてはなんら判示するところありませんから、この判決を破棄して審議をやり直さないといけません。
このような内容になるでしょう(法律用語を平素な言葉に変えているので若干間違いがあるかもしれません。他の法律に詳しい方の意見も健康被害があるかが問題であるという要約をしていました)。後半は反対意見が述べられています。
まとめると
・あん摩マッサージ指圧師(他鍼灸師、柔道整復師、医師)免許を持たない者は医業類似行為をしてはいけない(法律)
・HS高周波療法を無免許で行ったので医業類似行為だから立件した
・そもそも医業類似行為とは?→健康被害があるかどうかが問題
・きちんとそこをはっきりしなさい、やりなおし(最高裁)
ということです。
ただし健康被害についても審議したした結果、有罪判決となったわけです。
この昭和35年に出した最高裁の破棄差戻し判決はこのような通念を生みました。
「健康被害がなければ免許がなくても許される。それは職業選択の自由で守られるから。」
端的にこのような解釈です。これによって「最高裁が無免許でも(健康被害がなければ)マッサージをしても良いよと判決を出した」というように思われてしまったのです。先の裁判でも「職業選択の自由」を掲げているのはこの最高裁判決が元になっていることでしょう。裏を返せば健康被害があるならば有罪になるという事例なのですが。
この「昭和35年判決」は今も大きな問題となります。無免許の施術も「職業選択の自由だから」、「最高裁が判決を出したから」といって居直る場合があります。これを知っているので取り締まるはずの保健所も、すでにある法律も、機能しません。健康被害が出て被害者届が出てやっと動くというわけです。そして「これはマッサージではありません、整体です」と言い張れば何でもできてしまう状況です。この環境が視覚障害者あん摩マッサージ指圧師の仕事を奪っている大きな要因であると言えるのです。
そして恐ろしいのはこの判決はマッサージ行為に関することではないこと。器具を用いた療法に関することなのです。拡大解釈すれば健康被害がなければ医者の真似事をしてもまかり通ることになります(実際には医療法・医師法という、より厳しい法律があるのでさすがに手術や投薬をすることは現実的ではありませんが)。赤ちゃんが亡くなったズンズン運動事件や栃木の祈祷師事件がそうです。間違いなく医療知識が乏しいと思われる者でも取り締まることはできません、被害者が出るまでは。
最近医師免許無しにタトゥーを入れることも裁判で無罪になりました。マッサージ行為の比ではないくらい感染症などの健康被害が危ぶまれることなのに。結局、健康被害が起きるか起きないかは自己責任で判断しきちんとしたところにかかりなさいということです。
専門的な話でしたが一般の方にも大いに関係する内容です。施術を受けるときはきちんと調べてください。
甲野 功
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