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先週に水曜日に東京医療専門学校鍼灸マッサージ教員養成科卒業論文発表会が行われました。私はここの卒業生で毎年卒業論文発表会を公聴しています。
そこでは、後輩の研究発表はもちろんのこと指導教員や本校校長の話が聞くことができるよい機会になります。教員養成科を卒業して約7年。誰かに学ぶ場は自ら作らないといけません。一人で院を運営している自営業ですから、現場で誰も教えてくれませんし叱ってもくれません。
毎年学生の発表だけでなく、教員側の話も楽しみしていて参考にさせてもらっています。
事年は東医研の教員が発表会の講評をしていただきました。東医研とは東京医療専門学校の付属施設である東洋医学臨床研究所の略称です。
東洋医学臨床研究所という名前から伝統鍼灸を扱っている印象があるかもしれませんが、実際はスポーツ分野を扱う施設になります。鍼灸治療や運動療法による『臨床』、スポーツ鍼灸の『研究』、優秀な臨床家育成のための『教育』の3つを活動の柱としています。設立が2007年11月ですから私が東京医療専門学校に入学した頃にできました。私は在学中に東医研の実験による被験者になった経験があります。教員養成科を卒業した後も再び被験者になったことも。
スポーツ分野を対象に現代科学に基づいた鍼灸の研究をしっかりしています。その評判は外部にも知られており、東医研に入りたいがゆえに東京医療専門学校への進学を決めた人もいます。スポーツトレーナーを目指す人にはとても魅力的な施設です。
また常時実験研究を行っており、実験デザインを作る、実験を行う、データをまとめる、論文を書く、といったことを実践し続けています。そこで今年は卒業論文発表会の最後に、教員養成科の研究発表に東医研の教員によって講評を行いました。
その場で話した内容を一部紹介します。意訳、注釈を入れている部分もありますが本筋は変わらないはずです。
『
実験研究は鍼灸だけでなく自然科学全てにするものです。それには礼儀作法のようなものがあります。
我々は、
・事実
・思っていること
・思い込み
の3つが混ざりやすい。自分が思っていることが、はたして事実なのかそれとも思い込みなのかをしっかりと切り分けて考えられるようになりましょう。それはトレーニングで培われます。研究が今回初めての人が多いはずです。初めての研究発表で100点満点を出すのは無理なこと。今後も(研究)デザインをしっかり作ってやっていきましょう。
本研究にあたりデータを集めることをしたはずです。そこで大事なのは集めたデータの質(エビデンスの高さ低さ)。今はSNSなどで情報が氾濫しています。皆さんはデータの質を確かめる訓練がこの1年くらいでできています。それを学生や患者さんに教えましょう。
』
とても重要な内容だと思いました。
私たちの考えの中には、実際に起こっている「事実」と、こうあってほしいこうなるはずという「思っていること」、そしてこうに違いない、こうだと認識している「思い込み」の3種類が混ざっているといいます。
研究というのは、このような法則性があるのかもしれないという願望、あるいは何が起きているのだろう疑問といった「自分が思っていること」を何かしらの手段(実験、調査など)を用いて、実際にはどうようになっているのかという「事実」を確かめることだと思います。その際に必ず注意しないといけないのが、研究する者が「こうに違いないという思い込み」。これはバイアスとも言われます。「思い込み」を排除できないと、自分が求めるような結果が出るように研究課程を都合よく作り上げたり、結果をいいように改ざんしたりすることになります。
私の教員養成科時代の研究を具体例にしてみましょう。
私は「低周波パルス通電を足にすればジャンプ力が向上する」という仮説を立てました。過去の経験であったからです。このとき仮説としてならば「思っていること」ですが、鍼によってジャンプ力が向上するに違いないと考え出したらそれは「思い込み」です。
先行研究を調べてジャンプ力を測る垂直跳びのデータを調べて、垂直跳びでは外側広筋が最も活発に使われるということを知ります。これは筋電図で計測しておりほぼ「事実」でいいでしょう。よって「外側広筋に低周波パルス通電をかけることでジャンプ力が上がるのでないか」と考えました。もちろんこれも「思っていること」でありそうに違いないという「思い込み」ではありません。
そこで実験をして垂直跳びの結果を解析します。統計処理を行った結果は「ジャンプ力は向上しなかった」ということが分かりました(事実)。もしもジャンプ力が上がるはずだという「思い込み」があると、上がらなかったデータを排除して再度統計処理を行うなどして強引に結果を出そうとしたかもしれません。
今年実験研究をした養成科の学生さんには、どうにか結果を願った通りのようにしたいなとデータを操作したいと思った人がいるのではないでしょうか。苦労して実験をしたのですから、思っていた通りに結果が出ました!、と堂々と発表したいのが人の心です。しかしそれをしたらそれは「事実」ではなくなります。予想の様には行きませんでした、とすることも大切な研究発表なのです。
私のときも日頃運動経験者の若い被験者は数値の平均値が高くなっているから効果があるのでは、と考えてみました。しかし統計処理を行っても有意な差が出ませんでした。結果は結果だとしっかりと受け止めないと研究になりません。
このような葛藤を超えて研究結果をまとめることでデータの質が分かるようになってくるのです。
論文に書いてあったから。
書籍に書いてあったから。
みんながそうだと信じているから。
大御所の先生がそう言っているから。
果たしてそれが本当に正しいのか。実際に検証してみないと分かりません。そのためにどのような条件で実験を行い結果を検証するのかという点に、「礼儀作法」と言われる共通した一定のルールがあります。被験者群や刺激介入方法に偏りがあるものはいけません。極端な話、<日本の20代女性はジャニーズのタレントが好き>という仮説を証明するのにジャニーズのコンサート会場にいる20代女性を対象にアンケート調査をしてはいけないのです。当たり前ですがジャニーズが好きな人がコンサート会場に集まっているはずなので、その人たちを対象に調査をしても一般的な事実は出せません。
私もそうでしたが、仮説を立てる、先行研究や文献を調査する、実際に妥当と思われる実験環境を考える、実験を実行する、結果を解析する、考察を加えて論文として完成させる、という工程をやってみることでデータの質というものが分かるようになります。
あたかも真実のように語りながら裏付けがほとんどない意見。実は思い込みに過ぎない結論。
講評であったようにネットやSNSなどから質の低いデータが氾濫しているとも言えます。特に極端な、センセーショナルな、常識とは異なる、情報や記事というものは読み手が食いついてお金が発生するので内容の精査よりも見かけの派手さに力をいれるものが少なくありません。特に新型コロナウィルスによりより世間が不安になっている状況では。
専門家となる私達はデータの質を見定める力といわば義務が生じるのではないでしょうか。教員養成科を卒業すれば鍼灸マッサージ専門学校の教員免許が得られますから、今後学校で生徒に教えることもあるかもしれません。学校ではなく臨床現場で患者さんに伝えることがあるでしょう。その時にきちんとした情報を伝えなければなりません。そうしなければ相手にとって不幸ですし、こちらの信用を落とすことになります。本当に講評で語られたこと。生徒や患者さんを積極的に良くする他に、質の低い情報から守ることも仕事になるのではないでしょうか。
実験研究をすることでデータの質を見定めるトレーニングになる。
心に響きました。卒業後、論文作成はしていませんが、毎年卒業論文発表会に参加することでこのトレーニングになっており書籍や記事を読んで自然とデータの質を測る自分がいます。
甲野 功
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