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~健康経営と企業訪問鍼灸師~

あじさい鍼灸マッサージ治療院 健康経営と企業訪問鍼灸師
健康経営と企業訪問鍼灸師

 

 

先月のこと。母校である東京医療専門学校鍼灸マッサージ教員養成科の第36回卒業論文発表会に行きました。そこで興味深い研究発表がありました。

 

健康経営と企業訪問鍼灸の今後の展開 -半構造化インタビューによる質的調査-

 

まず健康経営という言葉をごぞんじでしょうか。ウィキペディアによれば『健康経営とは、従業員の健康増進を重視し、健康管理を経営課題として捉え、その実践を図ることで従業員の健康の維持・増進と会社の生産性向上を目指す経営手法のこと。』とあります。

数年前から認知されてきた取り組みで、社員・従業員の健康状況を考慮して疾病予防や健康増進のためにリソース(経営資源のこと。資金、時間、施設などを指します。)を割いて、社員への健康状態に対して投資する経営方針です。実際に社員が健康を害することで生じる損失は莫大なものになっているそうで、そこに資金を投じた方が結果的に利益は上がるとされています。このことは私が鍼灸マッサージ教員養成科にいた頃から講師の先生から聞いており、大きな社会損失になっていると聞いていました。

 

企業訪問鍼灸とは企業に出向いて社員に対して鍼灸を行うこと。出張先が企業というものですが、相手が個人ではなく組織(企業)であることが特徴です。この研究は企業へ訪問する鍼灸師の実態や課題、今後の展望などを示したものでした。健康経営を推進する経営者と企業訪問を行った経験のある鍼灸師の合計4名にインタビューを行いその結果をまとめて報告しています。そのうち2名の鍼灸師は私も直接面識がある方でとても興味がありました。

 

インタビュー内容は

・健康経営によるコロナによる変化

・取り組み事例

・デメリット

・企業訪問鍼灸における問題点や鍼灸師に求められるもの

・その他自由に話をしてもらう

についてです。他にもフリーで話せる環境を作って語ってもらっています。新型コロナウィルスの影響で対面インタビューを避けてZOOMのリモートインタビューを行い、その動画を記録しツールで文字起こしをして視覚化してまとめています。

 

あまりにも研究内容に興味があったので発表後の休憩時間に研究をした方々に質問をして意見交換をしました。というのも私は大学卒業後に一般企業に就職し、ストレスで病気がちになります。社会人3年目に麻疹にかかり9日間の入院を含む約2週間の療養を余儀なくされた経験があります。このことがきっかけでサラリーマンを続けること就職した企業にいることが嫌になり健康に関する仕事をしたいと考え、それが現在の状況に繋がっていくのです

 更にこの時に直属の上司でストレスの元凶とも言える人物も後に会社を辞めて鍼灸師の道に進み、まさかの後輩になるという状況に。18年の年月を経て学校で再会したときは全く記憶にありませんでした。何という運命のいたずらと震撼したものでした。

 

企業勤めで心身を壊して退職、脱サラの道を進んだ実体験。健康経営の大切さを身に染みて感じるのです。本当に他人事ではないというか。世の中にはサラリーマンあがりの鍼灸師も多数います。私のように20代前半で企業勤めに見切りをつけて鍼灸師の道に進む者もいれば、元上司のように長年勤めた上で中高年になって新しい道に進む人もいます。どちらにせよ一般企業の経験が企業訪問鍼灸師というやり方に活きるのではないでしょうか。また私の患者さんには企業の社長や管理職の方がいて、その人達の話を聞くと企業訪問で鍼灸師が活躍できる可能性があると思うのです。

 

今回は健康経営と企業へ訪問する鍼灸師について発表内容や当日の質疑応答内容、そして私個人が考えることを述べて考えていきたいと思います。なお健康経営と企業訪問鍼灸については東京都鍼灸師会が行動に移しております。私の意見として実際に企業勤めをして健康を害した実体験と、これまでの鍼灸師としての経験を踏まえたものです。東京都鍼灸師会の意見や考えとは相違があると思いますのでよろしくお願いします。

 

まず会場で聞いた発表はとても省略しており完成した論文にデータをしっかり掲載する、ということを発表者から聞きました。その前提のもと、発表したことや質疑応答のやり取り、休憩時間の意見交換で得られた情報を挙げていきます。

 

新型コロナウィルスは企業の労働環境を大きく変えた

働き方が変化しストレスを抱える人が増えたと言います。訪問鍼灸師の立場では、訪問しようにも在宅ワークが増える、オフィスを引き払うあるいは縮小するという状況で企業訪問自体が厳しくなっている。

 

健康経営の導入には公平なサービス提供ができるのか

全従業員に対して公平にサービスを提供することができるのか。不公平にならないか。例えば支店がある場合、本社従業員はサービスが受けられても支店まで手が回らないとか。

 

リスクマネジメントはどうするのか

過誤や問題が起きた時に責任の所在はどうするのか。事前に企業と訪問鍼灸師とで契約書を交わすケースもあるのだとか。いわゆるヒヤリハットに対してどう対策をするのか。

 

費用対効果はどうなのか

経営者からすれば導入してどれだけ費用対効果が出るのか。データやエビデンスを提示しもらわないと話になりません。ではそのデータは取るのか。そもそも効果を示す根拠(エビデンス)はあるのかという話になります。

 

企業訪問をする鍼灸師はどのようにアピールするのか

鍼灸師といっても千差万別。企業にとってどのような鍼灸師が良いのか。誰にお願いすればいいのか企業側に判断する材料はあるのか。

 

細かいニュアンスが異なるかもしれませんがこのような意見が出たと思います。発表内容以外にも個人的に意見交換をしたときの内容も含まれています。

 

発表者の報告では企業訪問を行う鍼灸師のコミュニケーション力が必要であると報告していました。そして『企業への訪問鍼灸は参入障壁が高い』という結語が抄録に綴られています。私の考えとして、企業訪問鍼灸師というのはスポーツにおけるトレーナーの立場に近いのかなと感じています。例えばプロ野球には専属トレーナーの中に鍼灸師がいる場合があります。当然医師もいるはずですが、医師とは別にコンディション調整を行う立場で。現役のあるプロ野球チームに雇用されている鍼灸師のお話を聞きましたがそのようです。企業も利益を追求する組織ですから従業員のコンディション調整のために人員を割くのはおかしな話ではないでしょう。スポーツの方が肉体面(フィジカル面)の影響が分かりやすく、結果も単純(成果が目に見えてわかる)でありますが。スポーツチームを企業、選手を従業員と置き換えてみます。そう考えるとある程度の規模がある企業には訪問鍼灸師を入れるメリットはあるでしょう。

 

しかしこのコロナ禍で働く環境が大きく変わりました。在宅ワークが進みオフィスに人がいなくなってきています。訪問したところで従業員がいないというケースが想定されます。そうなると企業訪問鍼灸師というシステム自体が破綻するかもしれません。例え導入できたとしても出勤する従業員だけが対象となり、在宅ワークの人は対象外になります。そうすれば同じ企業の福利厚生を出勤する人だけが受けられるのは不公平だと訴える声が出てくるかもしれません。スポーツ選手は在宅ということはあり得ませんからこのような事態はなさそうですが、企業であれば十分に考えられそうです。

これらの件を解決する案として企業が鍼灸受療希望者に補助を出すというもの。過去に実際に企業が従業員に券を配って各自受けに行ってもらったという例があったそうです。卒業論文発表会の場で座長が話をしてくれました。これならば鍼灸を受けたいという従業員がオフィスあるいは自宅近くの行きやすい鍼灸院を探して行くことができ、金銭的負担も軽減されるでしょう。ただこれでは「企業訪問鍼灸師」というテーマから外れるので置いておきます。企業提携鍼灸師企業提携鍼灸院という形になるかと思いますので。

 

話を戻してスポーツチームにおけるトレーナーのような役割が担えると企業訪問鍼灸師のメリットがあると私は考えます。選手とコーチの間に入る存在としてもトレーナーの価値があります。同様に上司(経営陣含む)と従業員との懸け橋になることがあるのではないでしょうか個人的な過去体験から同僚とは別の第三者が社内にいて相談に乗ってくれたらとても助かると思いました。20代前半の自分を顧みたときに。産業カウンセラーがいますが、直接体に触って施術をする鍼灸師はより効果的ではないかと思います、現在鍼灸師の立場からみて。熟練した鍼灸師は問診で体の不調だけでなく悩みや問題点を上手く聞き取ることができますし、脈診や腹診、舌診といったもので検査数値に出ない不調の前兆を読み取ることができるでしょう(もちろん絶対とは言いませんが)。その能力を上手く活かせば仕事を円滑にする手助けができると考えます。

 

しかし鍼灸師の特性が問題になることもあるのです。例えば従業員から聞いた問題を企業側に報告するのか、ということ。私もそうでしたが会社員が抱える問題のほとんどは人間関係です。社内でも社外でも。例えば不調の原因がハラスメントであったり、社内規則にあったりした場合、鍼灸師はどうしましょう。我々は守秘義務があり業務で知り得た情報を他人に開示することは禁止されています。しかし依頼した企業側がそのような情報があれば教えてくださいとなったら。そして鍼灸師側から上司や企業提携に報告した方が問題解決に繋がりそうだった場合は。ありそうな話です。また社外秘情報を知った場合。鍼灸師はその特性上相手の悩みが愚痴を聞くことが多いのです。知りたくもないのに社外に出してはいけない情報を知ってしまったとき。そしてその情報を無自覚に鍼灸師が外部に漏らしてしまったら。

 

これらのような情報漏洩が企業訪問鍼灸師に特有の課題になるかと思います。オフィスにいるという状況では従業員が身内の感覚になり色々と話をしてしまう(してくれる)。その時に企業側と連携している立場の鍼灸師はどこまで関わるのか。これは医療過誤よりも重要だと思います。例えば鍼灸師が企業に就職し部署に配属されて専門に従業員に対して鍼灸をするというのであれば話は別です。社内規則に則って行動すればいいわけです。企業訪問という立場であればどうするのかということ。やはり事前に綿密な契約書を交わしておくことが必要なのでしょう。企業側が求める要求をはっきりさせて遂行するように鍼灸師側がする。反対に企業訪問をする鍼灸師がこのような場合はどうしたらいいのかと質問をしておくことが望ましいのかもしれません。

 

また根本的な問題として鍼灸師の能力をどう測るかということ

費用対効果があるのか

従業員が満足するのか

果たして鍼灸師は何をしてくれて何ができないのか

こういった疑問が企業側にあるはずです。私も鍼灸師であるからはっきり言いますが、鍼灸師は得体の知れない存在です。多くの意味で個人差があり過ぎます。例えば大きな疾患が原因ではない筋筋膜性腰痛(いわゆる腰痛)に対してどのような鍼灸をするのか。千差万別です。痛いところに鍼を刺す人もいれば手足に刺す人もいます。適応範囲も広く精神疾患、運動器疾患、婦人科疾患、内科系疾患、アレルギー疾患など幅広く鍼灸は対応できると言えますが、「その鍼灸師が対応できるか」は別の話です。「誰にお願いするのか」は大きな問題になります。企業側からすれば、この人を信用してよいのか、お願いしてよいのか、の判断は大きな課題になるでしょう。卒業論文発表会でも質疑応答で私は聞いてみました。休憩時間での会話でもインタビューした鍼灸師も同様の指摘をしたと言います。誰とも分からない人を企業はお願いしないよね、ということ。質をどのように担保するのか。その方法として鍼灸師が企業側とコミュニケーションをしっかりとる必要があるということなのでしょう。

 

実はこれらの問題は私が大学病院で勤務したときに経験したことばかりなのです。私は教員養成科を卒業する際に学校側からある大学病院で鍼灸師を応募しているから受けてみないかと推薦されました。そこで週に一日という臨時職員という形で大学病院の病棟で働きました。この場合、母校の教員養成科という信頼の元に話が来たのだと思います。かつ学校側が私の能力ならできるだろうと踏んだからでしょう。一般公募は無かったと記憶しています。

そして働く前に細かい状況まで網羅した守秘義務の契約をしております。大学病院でありますから当然でしょうが一切の情報を外部に漏らさないことを契約した上で働きました。

 

このように企業訪問鍼灸師は人材を斡旋するシステムとマニュアル化した契約内容が必要だと思います。例えば東京都鍼灸師会が企業側が求める能力(精神疾患、婦人科疾患、VDT症候群に強い、カルテを正確に記載する、守秘義務を守るなど)を聞いてそれにあった鍼灸師を紹介する。企業側とトラブルを未然に防ぐためのマニュアルあるいは契約書を作っておき鍼灸師に履行させる。いわば企業訪問鍼灸師ガイドラインを作成して企業側にも鍼灸師側にも共通認識を持たせる方法です。鍼灸師における企業との連携と医療機関との連携は本質が一緒だと考えています。

 

素晴らしい母校の研究発表を聴いて企業訪問鍼灸師について考えてみました。その分健康経営についてはあまり掘り下げることができませんでした。繰り返しますが企業で健康を損ない、結果的に鍼灸マッサージ師になった私には他人事ではないのです、健康経営は。また別の機会に健康経営について書いてみます。

 

甲野 功

 

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