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第1巻に重版がかかり、私の業界内で知名度が上がっているマンガ。
『ケンシロウによろしく ジャスミン・ギュ作 講談社』
どのような作品かというと、ある少年が母親を奪っていった相手に復讐するために、実在する漫画『北斗の拳』(なお集英社の少年ジャンプで連載)を読み続け、作中に出てくる伝説の暗殺拳「北斗神拳」の体得を目指し習練を積み、気が付けば厚生労働省管轄の国家資格免許であるあん摩マッサージ指圧師となり天才指圧師になっていた、というもの。シリアスな画風でありながらギャグマンガです。講談社から出しているのに表紙に集英社の「北斗の拳」が描かれているギャグマンガです。
ギャグマンガでありますが、深い専門知識が虚実入り乱れて描かれていてそこに魅かれます。本職で現役の「あん摩マッサージ指圧師」であり鍼灸師である私が読むと、とても興味深い点が多数あります。一般の読者が読んでもきっと分からないだろうな、と思いながら毎回読みます。
第1巻が発売されたときに書いた
~「ケンシロウによろしく」を本職のあん摩マッサージ指圧師が読んでみた~
第2巻が発売されたときに書いた
~「ケンシロウによろしく」2巻を本職のあん摩マッサージ指圧師が読んでみた~
に続いて第3巻を読んだ感想を書いていきます。
最初に断っておきますが最新第3巻までの内容しか知らず、雑誌連載中の内容は一切知らない状態で描いています。あん摩マッサージ指圧師、東洋医学に関する専門性の高い部分についてのみ触れますが、若干作品のネタバレも含みますのでご注意ください。
改めてあらましを。主人公沼倉の職業は「あん摩マッサージ指圧師」です。厚生労働省認可の国家資格であるあん摩マッサージ指圧師免許を取得しております。作中では指圧師とかマッサージ師という呼び方がありますが、第1巻できちんと国家資格免許を取得する描写があります。このことだけでも作者はきちんと取材をしていることが分かります。
更に主人公は「はり師免許」、「きゅう師免許」、「柔道整復師免許」も取得していたのです。つまり合計4つの国家資格免許を持っています(第2巻で判明)。
はり師、きゅう師とはいわゆる鍼灸師のことで鍼(はり)と灸(きゅう)を扱います。道具として鍼灸を用いるだけでなく東洋医学の理論を駆使し、東洋医学を国家資格でしっかりと学ぶ(学習カリキュラムに入っており国家試験に出題されるという意味)資格です。
柔道整復師は主に急性外傷の応急処置を非観血療法(血を出さない、つまり手術をしない)で行う資格です。鍼灸師に比べて西洋医学・現代医学の知識が深いのです。
4つの国家資格を持ちながら敢えてあん摩マッサージ指圧師一本で行っている主人公。どこか実在した高名な先生を彷彿させます。
一般の読者にはどうでもいいことかもしれませんが、鍼灸師、柔道整復師免許を持っているという前提があることで主人公の能力の高さが際立ちます。私もこの4つの資格を持っているので各々の特徴や長所、苦手な部分が比較できます。
ギャグマンガでありながら専門知識、設定のベースがとてもしっかりしていることに感心し、そのことを3巻では大いに見せつけられました。
本作で出てきた専門知識について。
まず実際の経穴である
・承泣(しょうきゅう)
・四白(しはく)
・巨髎(こりょう)
・地倉(ちそう)
の4つが登場します。
経穴とはいわゆるツボなのですが、その中でも顔に存在し足陽明胃経といわれる経絡(気のライン)の始め4つです。
知識がないと読むこともできないのではないでしょうか。髎(りょう)という字を経穴以外で見たことがありません。鍼灸師には当たり前の知識ですがそれをマンガに堂々と出すところが良いです。しかもそこまで有名ではない。(※どの経穴が世間的に有名なのかは色々と意見がありますが足三里とか陰陵泉などは有名だと思います)
ただ本職からすると作中で描かれているような方法では効果が出るとは思いません。そこはマンガということで過剰な表現にしているのだと考えます(真似しないでくださいね。)
続いて出てきた経穴が
・天突(てんとつ)
・膻中(だんちゅう)
の2つ。「胸のつかえや不安を和らげ気持ちを楽にするツボ」として作中に登場します。
天突は左右両鎖骨の間、膻中は胸骨の上。主人公はこの2点を同時に指圧しています。なかなか指圧することが無いかと思う組み合わせ。むしろこのようなやり方を初めて知りました(あん摩マッサージ指圧師になって10年以上経過しています)。指圧というより鍼灸で用いるような配穴(経穴を選ぶ、組み合わせること)だと感じます。指で押すと痛みが出たり不快に感じたりしやすい経穴だからです。
次に出てきたのが
・霊台(れいだい)
これもなかなか指圧では用いられない経穴だと思います。というのも場所が第6・第7胸椎棘突起間というところ。背骨上で出っ張っているところの隙間なのです。そこは靭帯があるだけですぐに背骨。強く押すと背骨に響くので危険です。しかも骨の隙間で指を入れづらいのです。
作中では親指の指尖を当ててもう一方の手を補助として添えています。通常の指圧は指腹で押すのですがここでは指の先である指尖を用いています。そうしないと棘突起という骨の出っ張り同士の隙間に入れることができないわけです。しかもこの状態で押すと揺れるので一方の手で支えています。親指が強くないとできないでしょうし、強く押し過ぎてはいけない場所だとも思います。
作者が想像で描いたとは思えないので実際にこのようなテクニックを使う人が実在するのではないでしょうか。適当に描くには理にかないすぎているというか。先ほど触れた天突、膻中と同様に指圧より鍼灸で使うことが多い経穴だと思います。
なおそのような意図は無いのかもしれませんが胸部(体の前面)にある天突・膻中から背部(体の後面)にある霊台という流れは任脈→督脈となっていて東洋医学を知る鍼灸師が見るととても興味深いものではないでしょうか。表裏、陰陽を捉えている感じで。ここら辺の経穴の選び方は特に鍼灸師的なものを感じます。主人公があん摩マッサージ指圧師だけでないことを匂わせているような気がします。
また霊台を押すときにその経穴の持つ意味や効能を説明しています。助手のセリフにもありましたが主人公が相手に説明することは珍しい事で、敢えて効果を口に出して強調することで、より指圧を効かせるという描写があります。これは臨床で大いに活用される方法。しっかりと説明をすることで不安を解消し信頼を得て、効果を増加させるものです。
作者は現場のことを知っている感じがしていて、本当に患者さんと向き合っている人に取材をしているか心境を分かっているのだと思います。マンガ的には黙って押して、凄い治った!みたいな展開の方が分かりやすいだろうに(現実にはそのような達人はほとんどいません)。
そして第3巻でとても深いテーマがありました。それが”東洋医学対西洋医学”です。
少々ネタバレになりますが主人公とアンチ東洋医学と言われる大学病院の医師が対決します。そのやり方があまりに深いのです。
医師は「指圧の効果もゼロとは言わないけど」と前置きしつつ「医学的に根拠弱すぎる」と言います。いわゆる<エビデンス(医学的根拠)に乏しい>と表現される内容です。
対して主人公は
「根拠が弱いってあんたが気の巡りを理解できていないだけだ」
と反論し、
医師からのそれを科学的に証明されていますかという問いに
「俺の手で証明できる」「科学がまだ「気」を証明できないレベルって事」
と断言するのです。
医師は
「それって・・東洋医学が西洋医学よりもレベルが高いって事かね」
と聞いたときに返した主人公のセリフが
「そんな事言ってねーよ」「ジャンルが違うんだよ」
と続きます。
一見何の気ないやり取りかもしれませんがとても奥が深いのです。
作中で色々とやり取りがあるのですがその内容は触れず、主人公の主張、セリフを書き出します。
「言い返すが西洋医学に勝てるなんて一言もいってねーよ」
「ジャンルが違うって言っただろ」
「俺はマッサージ師だ」
「患者を治す事はあんたらの方が優れているだろ」「マイナスをゼロにする仕事な・・」
「ただ俺たちはゼロをプラスに仕事をする」「ゼロの人を幸せにする事ならあんたらより遥かに優れているぞ」
この部分に、ジャンルが違う、西洋医学に東洋医学が勝るというのはお門違いだと主張しています。西洋医学の方が患者を治すことはもちろん上で、東洋医学は(疾患のない)ゼロの人を幸せにすることに長けているというのです。得意分野、見ているところが違うと。
この場面は本当に共感できること。東洋医学が優位であるとは言わない。治す事に関しては西洋医学が上。治った人をより幸せにする事に注目している。マンガという表現でとてもうまく主張しています。本当にあん摩マッサージ指圧師の気持ちや医師が訝しげるところを作者はよく理解して描いていると思います。
この対決では主人公が勝つのですが、その描写も興味深いのです。マンガですから(主人公から見て)嫌味な医師を打ち負かしてやっぱり主人公凄い!とするのは当然の展開。しかしその際のセリフが秀逸なのです。
超人的な能力を見せた主人公に対して医師があり得ないと驚いたところに
「俺の手の感覚は次元が違うんだ」「世の中にはあんたが思っている以上にすげーやつがいるんだぞ」
というセリフを吐くのです。
ここで注目するのは主人公は「俺」という一人称と「俺たち」という複数形を分けているのです。
「俺」というところは主人公個人について述べており、誰でもできることではなく主人公だからできることだ、としています。「俺たち」の場合は東洋医学全般を指しています。
ここに東洋医学の曖昧さと面白さが現れていて、個人の能力に依存する面が西洋医学より大きいのです。脈診や触診など達人にしかできない、達人だからできる、という技能が実在します。同じように習っても真似できない。あるいは膨大な年月をかけないと習得できない。そのようなものが確かにあるのです。個人の能力を一般化して誰でもできますとは決して言わない。
作中で強調された主人公のセリフ。
「俺達というか俺はできる」「他は知らねー」
この描写を入れるところが本当に作者は分かっているなと感心します。
ベースはギャグマンガで、実際にそんなことができるか!という内容が多々あります。「北斗の拳」を知らないと分からないギャグが随所にあります。そうでありながらあん摩マッサージ指圧師のこと、東洋医学のこと、業界のこと、など実情をよく調べて作られています。テレビ番組など他のコンテンツでもそうですが、マッサージや東洋医学などを扱う場合、ここまでしっかりと調べて作中に描くことはまずありません。作者及び編集部のこだわりを本職のあん摩マッサージ指圧師(かつ鍼灸師)である私は読み取ってしまいます。
素晴らしい、面白い、そして稀有な作品だと思います。
甲野 功
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