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~治療すること以外の手~

あじさい鍼灸マッサージ治療院 手を作る
あましセミナーのときに手を教える様子

 

 

今年入学した鍼灸マッサージ学生さんに今困っていることを聞いた際に、「あん摩実技」という回答がありました。

 

あん摩とは中国から日本に渡った伝統的な徒手療法で日本最初の法律と言われる大宝律令にも「按摩(あん摩)」の文字が出てきます。)

 

新型コロナウィルス感染対策のため実技の授業時間が短縮されてしまっていると。鍼灸よりも手軽に行えるため簡単に思われがちですが、国家資格免許のあん摩マッサージ指圧師レベルとなるとそうはいきません。医療系国家資格免許である以上、リスク管理が必須であり施術の対象とするのは健康な人だけとは限りません。高齢者、入院中の患者、基礎疾患がある人などに向けて手技療法を行うことを想定しておかないといけません。

 

かくいう私もリラクゼーション業界から国家資格の専門学校に行きましたから、両方を知っているので、この想定が非常に重要であることを理解しています。来たお客さんを気分良くさせて返すリラクゼーションと、疾患のある患者さんを最低限悪化させてはならない治療の世界とでは似ているよう大きな違いがあるのです。そこのところを専門学校1年生に伝えたくて、何に注意をしたらいいのか考えてみました。

 

長年自然とやってきた徒手療法を改めて見直したときにポイントとなることは

治療すること(刺激を与えること)以外の手をしっかりと作ること

だと考えました。

 

治療する手。それは施術効果(物理刺激)を与える目的の手です。大きな枠組みで言えば患者さんに触れる手は全て治療する手であるのですが、それ以外の用途における手の使い方があり、それらを認識して使い分けることが必要だと考えています。治療すること以外の手とは、患者さんの状態を読み取るためのものです。どのようなものがあるか個人的な考えで分類してみます。

 

 

寄り添う手(安心させる手)

あん摩マッサージ指圧師そして鍼灸師は相手に直接触れて仕事をします。物理的距離が0になります。そのことで話すだけや視るだけは分からない多くの情報を得ることができます。問診、視診以外に触診をする効果が期待できているわけです。反対に術者の情報も相手に届きます。こちらの触れている手から、真心や関心が相手に伝わります。ですから治療しよう触診しようという目的以前に、相手に寄り添う手として置くことが臨床上大切だと考えています。特に初めての患者さんにおいては。

 

相手に寄り添う意味で触れる手つきは自然とできてくるものではありますが、最初は意識しないと、そういう気持ちで接することだと知らないと見に付かないものです。どのようにしたらできるか個人的な練習法を書いてみましょう。

 

・気持ちを込めて集中すると手のひらが赤みを帯びてきます

これは気功の世界だとまるで赤い砂を撒いたような感じと表現されるようです。この状態になると手のひらが温かくなります。床屋さんも同じことが起きるそうで、手に意識を集中する職人さんによく起きるのだとか。

 

・指先に力を入れず柔らかく手のひらで相手の体に触れます

何か刺激を与えよう、何を読み取ろうといった意志があると固く強くなるので手のひら全体を使って添えるような感じで触れるといいでしょう。握る動作をせずに手を当てる感覚です。

 

個人的な経験ですが腹部に直接手で触れると違いが特に感じられます。私はお腹がとても弱いので腹部を触れられるのが非常に嫌です(東洋医学用語で拒按と言ったりします)。臨床歴が長くて名の知れた方はこの不快感がありません。お腹に触れることで寄り添う手の力量が測れるのではないでしょうか。

 

 

触診の手

これは相手の状態を読み取るために用いる手です。脈診、腹診、触診などを我々は用います。寄り添う手とは逆で、感覚を研ぎ澄ませて指先に意識を手中させます。脈診では指腹で、腹診では手のひらから指先まで、触診では基節骨部分や手の甲も使って行います。

 

ここでも個人的な触診の手を作るコツを書いてみましょう。

 

・意識を集中させる

何を読み取るために行うので手をセンサーにして集中します。

 

・力の加減に注意する

表面を探っているのか奥の方を探っているのかで力の入れ方が変わります。あまりに力を込めすぎると相手が痛く感じて緊張が走り読み取ることが困難になります。

 

・比較できる経験値として、健常者から疾患を持つ人から数多くの知識をインプットする

どこかおかしいなと知るためには普通を知らないといけません。健康な状態を知っておかないと比較できないので多くの健康体に事前に触れておくといいでしょう。

 

・どこを触っているのか、どこに向けて触っているのかを考えながら行う

触診の手には解剖学知識が必須で皮膚、筋肉、靭帯、腱、血管などどこを触れているのかを理解していないといけません。更に奥の内臓や骨といったものも感じ取るために知識を蓄えて対象とするものが何か考える癖をつけます。

 

・曖昧な感覚を大切にする

時にうまく説明できない感覚が出てくるものです。何となくおかしい、何か違和感がある、といった。そのような感覚を積み重ねることで臨床の勘が培われてくるもの。

 

 

感じ取る手

これは漠然と相手の状態を読み取るために用いる手です。触診の手は読み取る対象をはっきりさせていますが(脈、お腹、筋肉の状態など)、これは相手の雰囲気を感じ取るものです。

私の場合、治療する手とは別の方を用いることが多いです。例えば軽く背中に触れておいて呼吸が乱れた、筋肉が緊張している、汗をかいているなどを感じ取るようにしています。患者さんがうつ伏せの場合、表情を見ることができず、こちらに気を遣って口に出さず我慢していることがあります。そのような雰囲気を感じ取るのに用います。後で説明する支え手や寄り添う手が役割を担うことがあります。

刺した鍼が痛い、お灸が熱い、といった刺激量が強すぎるときに無理をさせていないかを感じ取りこちらから話しかけることでトラブルを未然に防ぐようにできます。

 

コツは

・無心で(余計な力と意志を抜いて)手を置きます

寄り添う手と同様に何を調べようというよりも漠然と感じ取ろうという感覚です。

 

・手のひらから指まで接地面を広くとる

広く触れることで情報が得られる範囲を大きくします。

 

・呼吸の状態、筋肉の緊張を読み取る

自律神経、精神状況を出やすい指標です。

 

・東洋医学的な見地を持つとより良いです

陰陽、虚実、肉付き、温寒など東洋医学的な見地で用いられる表現のものを意識します。そうすることで鍼灸術に役立ちます。

 

 

支え手

これは鍼でいう刺し手に対する押手に対応する、治療する手と反対側の手で、何かサポートするために用いる手です。

 

まず治療する際に揺れる患者さんの体を保持するために用いるもの。腕に圧を加えたり鍼をしたりするときに動いてしまわないように片方の手で押さえます。

あるいは術者の体を支えるために用います。術者の体勢が不安定で他方の手で体を支えないと安定して施術できないときに使う手です。

場合によっては主たる刺激を与える役割を果たします。具体的には患部である肩上部を治療する手で押さえて、もう一方の手で腕を動かす。患部の筋肉を間接的に動かし、押させている手は動かさない。このような使い方もあります。

支え手は施術のために間接的に使う手とも言えます。

 

コツは

・相手の体を強く掴まない

指先に力が入ると痛くなるので力を入れ過ぎないようします。

 

・しっかりと保持する

相手の体でも自分の体でも安定するようにしっかりと支えます。前の強く掴まないと矛盾するような表現ですが指先に力を入れず体幹を使って支えるという表現が妥当でしょうか。

 

 

ここまで治療する手以外に寄り添う手、触診する手、感じ取る手、支え手を挙げてきましたが、明確に役割が分かれるものではありません。臨床現場ではグラデーションのように境界線が曖昧で重なり合い、また瞬時に役割が変化するのです。寄り添う意図で触れながら相手の状況を感じ取り、同時に筋肉の状態を触知するなんてことはざらにあります。そのまま圧を加えて治療する手に変えていく。そのまま片方の手で別の部分に触れて、治療の手は支え手や感じ取る手に役割を変わる。このような流れ。

 

治療する手を鍛えるのは当たり前の事。それ以外の手を意識する・作ることで現場での対応力が変わると考えています。実は新人とベテランの差というのは治療技術そのものではなくこういう所にあり、治療技術以外のこともひっくるめて“実力”と称しているのではないかと思うのです。

 

甲野 功

 

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