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早くも第4巻がでました。他に類を見ない“あん摩マッサージ指圧師が主人公のギャグマンガ”、
『ケンシロウによろしく ジャスミン・ギュ作 講談社』
私の世代ならば大多数の男子が読んだであろう『北斗の拳』の主人公ケンシロウが元ネタです。
ケンシロウに憧れて母親を奪っていった相手に復讐するために作中に出てくる伝説の暗殺拳「北斗神拳」の体得を目指し、長年習練を積み、気付けばあん摩マッサージ指圧師免許を取得して天才指圧師になっていた、というもの。画風はシリアスなのですが内容はシュールなギャグも入っています。
講談社のヤングマガジン誌に連載しているのに、集英社の『北斗の拳』をテーマに扱っています。表紙にはジャンプコミックスを表すJCが描かれています。競合他社の出版社の作品に乗っかっているところがもう風刺の効いたギャグです。
本作の内容は、かなり細かい専門知識が虚実入り乱れて描かれています。一般の人は「あん摩マッサージ指圧師」という国家資格があることもあまり知らないことでしょう。本作ではきちんと国家資格であることを描いています。更に主人公の沼倉はあん摩マッサージ指圧師の他にはり師、きゅう師、柔道整復師をも取得しています。とても細かい設定ですがリアリティがあります。なおここまでの作中に鍼灸や柔道整復に関するシーンは出てきていません。何か伏線なのかもしれませんが。
※この文章はコミックまでの内容で書いています。連載中の内容は一切知らない状態で書いています。
この巻でも、本職で現役の「あん摩マッサージ指圧師」であり鍼灸師・柔道整復師でもある私が作中の専門知識に関する部分に対する感想を書いていきます。きっと一般読者が読んでも見過ごしてしまうであろう点を拾って掘り下げてみます。
第1巻が発売されたときに書いた
~「ケンシロウによろしく」を本職のあん摩マッサージ指圧師が読んでみた~
第2巻が発売されたときに書いた
~「ケンシロウによろしく」2巻を本職のあん摩マッサージ指圧師が読んでみた~
第3巻が発売されたときに書いた
~「ケンシロウによろしく」3巻を本職のあん摩マッサージ指圧師が読んでみた~
再度、断っておきますが最新第4巻までの内容しか私は知らず、雑誌連載中の内容は一切知らない状態でこの文章を書いています。あん摩マッサージ指圧師、東洋医学に関する専門性の高い部分についてのみ触れますが、若干作品のネタバレも含みますのでご注意ください。
最初に長年引きこもっていて声が出せない、うまく話せない相手に使用した経穴(いわゆるツボのこと)を紹介しましょう。本作は経穴の正式名称と正確な場所を描いています。余談ですが元ネタ『北斗の拳』では3つだけ実際の経穴に対応するツボ(作中では経絡秘孔という名前)を描いています(※原作のみ。スピンオフ作品などを除く。)。実際にある経穴を使用するのは問題があると判断したのでしょうか。
・四白(しはく)。顔にある経穴で目の下にあります。第3巻にも登場した経穴でこの巻では「唾液分泌を促して詰まっているのどを開く」という解説を入れています。
・瘂門(あもん)。後頭部の首と頭の境目にあります。いわゆる“盆のくぼみ”と言われる個所に近いです。作中では「失語症が改善される」と書かれています。瘂門の語源は言葉を話せない人を治すためという意味があります。よく調べていると思いました。
この2つの経穴を同時押します。座った相手に対して術者である沼倉は左手で瘂門を押さえて、右手の人差し指と薬指で四白を押しています。両手で頭を前後から挟むような形です。しかも顔面にある四白を中指を曲げた状態で人差し指と薬指の先端で押しています。人差し指と中指ではなく薬指で押すところにセンスがあります。人差し指と中指では指が開かなくて力が入らない可能性もあります。薬指では力が入らないように思えますが顔は敏感なので薬指の刺激でも効果が出せそうです。更に左で後頭部の瘂門を押さえているという。かなり不安定な体勢なので実際の臨床で使うことは難しいと思うのですがよく練られた技術だと思います。本職の私もそういうやり方があるのかと感心します。
・間使(かんし)。前腕の手のひら側、手首の少し上にあります。作中では「心痛 失声症 悪心 情緒不安定に効くツボ 間使 心を穏やかにして不安を解消し精神を安定させる」としています。間使のすぐ下には有名な内関(ないかん)という経穴があります。第1巻でも出てきた技術なのですが、握手をする際に自然と間使を親指で押しています(1巻のときは神門を押していました)。メジャーな内関ではなく間使を取り上げるところにこだわりを感じます。失声症に対する効能を考えたのでしょう。
・三陰交(さんいんこう)。足首の上、脛内側で骨の際にあります。とても有名な経穴で婦人科疾患に対する特効穴と言われています。作中では「血液の流れに深く関係し身体の冷えに効くツボ 沼倉流指圧で全身の血を騒がせる!」としています。三陰交はとても有名で女性雑誌でよく取り上げられます。少々ひねりがない経穴を選んでいるようで、押し方が面白いのです。足首を握るようにして中指で三陰交を押しているのです。三陰交は脛骨(脛の大きな骨)に潜り込ませるような向きに鍼を刺すことがあり、中指でえぐるような押し方をしているのではないかと私は予想します。以前も書きましたが親指を除いた4本の指で最も力があるのが中指です。作中で沼倉は中指を上手に使う印象があります。
続いて別のシーンで頭部のマッサージ(指圧)をします。少々ネタバレになりますが全身火傷を負っている相手で頭部くらいしか押せる場所が残っていないという状況です。世間でもヘッドマッサージとかヘッドスパ、ひどいのだと脳内洗浄と称して頭部のマッサージのようなことを行っているところがあります。臨床的にも頭部の刺激は汎用性が高いのです。
作中に出てくる頭部の経穴は以下の通り。
神庭、上星、百会、後頂、脳戸、玉枕、曲差、目窓、正営、絡却、頷厭、曲鬢、角孫、和髎。細かいので一つ一つに触れません。一般の方だと初めて目にする漢字、読み方も分からない、という感じではないでしょうか。全て鍼灸師なら覚えるきちんとした経穴(正穴)。ここまで細かく正確に頭部の経穴を一般読者向けの商業誌、しかもギャグマンガで紹介することはまず無いでしょう。本当にきちんと取材していることが分かります。
なおちょっと押しただけで劇的な効果がある描写がありますが、実際にはこのような魔法のようなことは起きません。作中の描写はギャグマンガとして誇張した表現であるということだと、本職として断っておきます。
さて作中ではアロママッサージの達人が出てきます。「あん摩マッサージ指圧師」という資格は按摩(あん摩)とマッサージ(massage)と指圧という発祥も技術も異なる3つの技術を扱うもの。世間からみればマッサージをする人と見えるかもしれませんが実際は少々複雑です。
あん摩マッサージ指圧師のいうマッサージ(massage)は皮膚の上からオイルやタルクを付けて直接触る技術となります。主人公沼倉はオイルを用いたマッサージにも精通しています。
作中ではアロママッサージの達人、Mr.アブラ―が登場するのですが、彼はアロマオイルを用います。マッサージはあん摩マッサージ指圧師の3つの技術の内、滑剤(オイルやタルク)という道具を用いる技術。彼はアロマの配合という徒手技術以外の部分で実力をアピールします。アロマは精油という主に植物由来のオイルを用います。東洋の漢方、西洋のアロマと比較されるほどヨーロッパでは広く知られて研究されていると言われています。
アロマオイルの配合を作中で描くところもよく調べているなと思います。
最後に4巻では国家資格について触れている部分があったので紹介します。
作中で主人公沼倉は「ケンシロウを目指して死ぬほど頑張った結果 国家資格を4つも持つ凄腕指圧師になっちゃったぞ」と語っています。4つの国家資格とは最初に挙げたもの。一見必要なさそうな3つの資格も踏まえて指圧に活かしているということでしょう。
またある一件から不貞腐れてしまい「明日から鍼灸院に店変える」とぼやくシーンがあります。沼倉はマッサージ院を開業しているのですが、その気なれば明日から鍼灸院に鞍替えすることができるということです。もちろん資格を持っているからでありますが、興味深い内容。私は持っている資格を活かすために鍼灸マッサージ院にしていますが、沼倉はあん摩マッサージ指圧師一本でやっていくという。
以上が本職のあん摩マッサージ指圧師からみた、「ケンシロウによろしく」4巻の専門的な描写について書いてみたことです。一読者としてはかつて読んでいた『北斗の拳』ネタや、講談社の作品なのに集英社の超有名作品に関するネタといったギャグパート、復讐するために癒すという矛盾した行動をすることの葛藤、あまりに誇張した表現など楽しめる点が多々あります。他にも面白いポイントがあります。
良かったら手に取ってください。
甲野 功
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