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10月8日にナゾロジーというサイトに興味深い記事がでました。
マッサージ効果の科学的解明に成功! 炎症物質を洗い流して回復速度を2倍にしていた
タイトルの<マッサージ効果の科学的解明に成功!>という点に注目しました。
私はあん摩マッサージ指圧師免許を持つ当事者でありますし、東京理科大学を卒業した理系人間です。当事者であることに間違いありません。その分、このような記事は誇張している部分があるだろうと疑ってかかるところがあり、注意してみないといけないと心しています。
これまで幾度も過剰とも言える決めつけで断言させる記事やコラムを目にしてきました。よく知らない人が見たら勘違いするだろう、もしろそうなるように仕組んでいると疑うものを。
本記事の冒頭部分を引用します。
本文引用
『
マッサージの効果が科学的に解明されました。
米国のハーバード大学で行われた動物実験によれば、マッサージは炎症を引き起こす免疫細胞や炎症物質を筋肉細胞から「洗い流す」ことで、筋肉を損傷したマウスの回復力を2倍にし、新たに再生する筋繊維の質もより強固になるとのこと。
また研究によって「最も優れた効果を得るには筋肉損傷が起きてから3日目以降に炎症因子を除去するといい」ことも判明します。
マッサージの医学的・生物学的な効果と仕組みが、ここまでハッキリと再現性をもって示されたのは今回の研究がはじめてです。
』
引用終わり
実験研究をする人の常ですが、まず断言することをしません。”科学的に解明されました”とはほとんど言いません。”認められた”、”相関関係があった”、”示唆される”、といった表現を用います。理由は絶対そうだと言い切るには相当な証拠が必要だからです。研究者は常に本当にそうなの?という姿勢を取るものです。
ただ論文や研究発表ではなく一般向けの記事であるので分かりやすくするのは仕方ないこと。“科学的に”という形容詞を付けているのもその表れです。専門家向けに書く場合は、科学的に解明されました、とは怖くて書かないでしょう。
また細かい誤字があるのも気になりました。筋線維であって、筋繊維ではありません。これはよくある間違いなのですが。糸の“繊維”の方が一般の人は馴染みがあるのでこの字だと思いがちですが、筋肉には“線維”が正しいのです。他にも細かい誤字があり校正段階のチェックが気になります。
最初から文句をつけていますが、内容はとても興味深いものです。まずは元の記事を読んでもらいたいです。
大まかに説明すると、実験用のマウスの足に損傷を負わせた状態でマッサージガンのような振動する装置を当てた結果、その装置により刺激を受けたマウスはそうでなかったマウスに対して非常に効果が出た、というのです。具体的には筋肉の再生速度が2倍になり組織に瘢痕が残る可能性を大幅に減少させたと。その機序を調べてみると刺激を3日間受けたマウスの筋肉では好中球(免疫細胞の一種)を呼び込む炎症物質が劇的に低下し、好中球の数も減少していました。このことから刺激によって筋肉内の炎症物質、好中球を洗い流したことが効果が出た原因である。好中球について研究すると、筋前駆細胞を増殖させるが、増えた細胞が適切な筋肉の形に分化する速度を低下させていることが分かり、後半には筋肉回復の速度を鈍らせる存在となる。それを実証するために損傷したマウスの血液から好中球を排除すると、そうでないマウスに比べて強い回復が認められた。つまり損傷した筋肉の回復を促すためには損傷後3日目に好中球を排除するとよく、その効果が振動する装置の刺激で得られたとのである。このようなことが書かれています。
内容はとても画期的。免疫反応の初期に活躍する好中球が、時間が経つとその存在が回復の邪魔になり排除した方が回復は進むということを示唆する内容が非常に興味深いものです。
ただしこの記事には英語の参考文献が存在し、それを要約して書かれています。その内容を更に私が要約して短くしました。私の個人的解釈が入り表現を若干変えてしまっています。そして記事の参考文献にはさらに元論文が存在します。
何度も人を介することで表現が変化する危険性を指摘したいと思います。
この記事を読んだときに直感的に原文を確認した方がいいだろうと、掲載されている参考文献と元論文をチェックしました。
参考文献:Massage doesn’t just make muscles feel better, it makes them heal faster and stronger
元論文:Skeletal muscle regeneration with robotic actuation–mediated clearance of neutrophils
元論文は有料だったので概要までを参考にしました。
論文タイトルは以下の通り。
Skeletal muscle regeneration with robotic actuation–mediated clearance of neutrophils
直訳すると「ロボット作動を伴う骨格筋の再生、好中球排除を介して」という感じでしょうか。
※英語が得意ではなく(なんせ英検4級で止まっています)自動翻訳と単語を個別に訳して調べました。
続いて項目があります。
The mechanics of muscle regeneration
「筋肉再生の仕組み」でしょうか。
Immune cells play an important role in skeletal muscle response to injury. Seo et al. studied the effects of mechanical loading on hindlimb muscle regeneration after intramuscular myotoxin injection and ischemia in mice. Compressive force applied via a soft-interface robotic system facilitated neutrophil clearance, reduced proinflammatory cytokines and chemokines, and improved muscle fiber composition and function. Results support the development of therapeutic mechanical stimulation regimens to accelerate muscle regeneration.
「免疫細胞は損傷に対する骨格筋の反応に重要な役割を果たします。Seo博士らはマウスの筋肉内ミオトキシン注射および虚血後の後肢の筋肉再生に対する機械的負荷の影響を研究した。ソフトインターフェースロボットシステムを介して加えられた圧縮力は、好中球の排除を促進し、炎症性サイトカインとケモカインを減少させ、筋線維の組成と機能を改善しました。結果は、筋肉の再生を加速するための治療的機械的刺激療法の向上をサポートしています。」
自動翻訳に少し手を加えました。Seoとは研究者の名前です。参考文献から調べました。
元論文の概要(Abstract)も自動翻訳で英文と照らし合わせて読みました。
更に参考文献:Massage doesn’t just make muscles feel better, it makes them heal faster and stronger
(直訳「マッサージは筋肉の気分を良くするだけでなく、より速くそしてより強く治癒させます」)にも目を通しました。
最初に紹介したナゾロジーの記事はこの参考文献を要約しています。参考文献でマッサージという言葉が用いられているのでタイトルが「マッサージ効果の科学的解明に成功! 炎症物質を洗い流して回復速度を2倍にしていた」にしたのでしょう。ただ元論文の概要にはMechanical stimulation (mechanotherapy)と記載されており、直訳すると「機械的刺激(メカノセラピー)」となります。
参考文献でもメカノセラピー(mechanotherapy)という言葉を主に使用しています。マッサージ(massage)という言葉は冒頭でしか使用しておらず、しかも「多くのアスリートがマッサージガン(massage guns)でケアしている」と紹介しているのです。
何が言いたいかというとマッサージと機械的刺激を混同してしまっていることの懸念です。
マッサージとは語源からもそうなのですが人間の手で行うものを一般に指すでしょう。マッサージガンは振動を起こさせる装置であり、人間が行うマッサージとは厳密には異なります。論文ではメカノセラピー(機械的刺激による療法といった意味が推測されます)と表現していて、マッサージとは異なるものだと私は考えます。
実験でも徒手でマウスの損傷した筋肉をマッサージしたのではなく、装置によって刺激(機械的刺激)を与えたのです。この内容に対して“マッサージ効果”と表現するのはまずいと思うのです。
この記事を読んでマッサージは筋肉の損傷を早く改善する効果があると勘違いする人が出てくるのではないでしょうか。確かにその方が私にとっては有利なのですが、世間を勘違いさせる気がします。機械的刺激とか(マッサージ装置による)振動刺激がマウスの実験によって効果が示唆された、というように捉えないといけないのではないでしょうか。受傷後3日後には好中球を排除した方が結果的に回復速度は上がる、という研究結果はとても素晴らしい報告で、追研究の結果を期待しています。それがマッサージによってもたらせる、というのは勘違いさせると思うわけです。
生業として(あん摩や指圧を含めた徒手療法を含めて)マッサージを行う者として機械で代用できる刺激と人間の手で行うそれは別物だと考えています。そしてそうでなければ存在意義が無くなります。この元論文の研究が進めば臨床現場でマッサージガンのような医療器機が開発されて導入されることになるでしょう。仕事が奪われないためには機械では感知できない感触を察知すること(触覚だけでなく感情の機微や全身状態などからも読み取る力)ができないといけないでしょう。
情報を精査すること。タイトルや見出しだけで早合点しない。元の情報を当たる。その上で自分にどう関係してくるか考える。このような癖をつけるようにしています。
甲野 功
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