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人気バラエティー番組「アメトーーク」でバカリズムさんが紹介したことで知名度がぐっと上がったマンガ「ケンシロウによろしく」。第5巻がでました。帯はそのバカリズムさんが書いています。
唯一無二の“あん摩マッサージ指圧師が主人公のギャグマンガ”、それが「ケンシロウによろしく」です。
ケンシロウによろしく ジャスミン・ギュ作 講談社
往年の少年ジャンプの名作『北斗の拳』の主人公ケンシロウが元ネタで、それを講談社のヤングマガジンに掲載するという(※もちろん少年ジャンプは集英社)。本作主人公の沼倉は幼少期に読んだ『北斗の拳』のケンシロウに憧れ、母親を奪っていった相手に復讐するため、作中に出てくる伝説の暗殺拳「北斗神拳」の体得を目指し長年習練を積み、気付けば「あん摩マッサージ指圧師」免許を取得して天才マッサージ師になっていた、というもの。
自分であらすじを書いていても、かなりおかしい、と思います。
「ケンシロウによろしく」は相当細かい専門知識が虚実入り乱れて描かれています。一般の人は「あん摩マッサージ指圧師」という国家資格免許があることもあまり知らないことでしょう。本作ではきちんと第1巻で国家資格であることを示し、とてもリアルに本物の免許証を描いています(この免許証、実はよく見ると少しだけ本物と違います。あん摩マッサージ指圧師でないと気付かないと思います)。
沼倉が北斗神拳を極めるために「あん摩マッサージ指圧師」になっただけでも奇想天外なストーリーですが、なんと「はり師」「きゅう師」「柔道整復師」の免許も取得しています。私と同じ国家資格を取得しているのです。「あん摩マッサージ指圧師」だけ事足りるのに(面白さは十分でしょう)なぜこのような設定なのでしょう。確かにこの4つの国家資格を取得している人もいるのですが。
その疑問がこの5巻で判明します。やはり伏線?だったのでした。
1巻から4巻までと同様に、本職で現役の「あん摩マッサージ指圧師」であり、かつ「はり師」「灸師」「柔道整復師」でもある私が作中に登場する専門知識に関する部分をピックアップし、それらに対する感想と解説を書いていきます。きっと一般読者が読んでも見過ごしてしまうであろう点を拾って掘り下げてみます。
1~4巻のブログは以下の通り。
第1巻が発売されたときに書いた
~「ケンシロウによろしく」を本職のあん摩マッサージ指圧師が読んでみた~
第2巻が発売されたときに書いた
~「ケンシロウによろしく」2巻を本職のあん摩マッサージ指圧師が読んでみた~
第3巻が発売されたときに書いた
~「ケンシロウによろしく」3巻を本職のあん摩マッサージ指圧師が読んでみた~
第4巻が発売されたときに書いた
~「ケンシロウによろしく」4巻を本職のあん摩マッサージ指圧師が読んでみた~
※このブログはコミック5巻までの内容で書いています。連載中の内容は一切知らない状態です。「あん摩マッサージ指圧師」や東洋医学に関する専門性の高い部分についてのみ触れていますが、若干作品のネタバレも含みますのでご注意ください。
前巻からの続きでタイ古式マッサージの鉄人、中国気功整体の鉄人が登場します。前回はアロママッサージの鉄人があっけなく敗退しタイ古式マッサージの鉄人がどのような戦いをみせるのか、というところからです(何を言っているのか分からないと思いますがそれは本作を読んでください)。
なんとタイ古式マッサージも中国気功整体も施術することなく終わります。まさかの出オチで、専門的な技術を掘り下げるシーンはありませんでした。あっという間にキャラが消費されました。
それでもサラッと沼倉は<タイ古式マッサージの特徴・・必ず「足」からスタートする>というセリフを見逃せません。私もタイ古式マッサージを習ったのでまさにその通りと感服しました。沼倉はタイ古式マッサージも研究していたのです。
毎回思いますが作者は本当によく調べています。
続いて気になったのが「頚椎3番横チョップ 沼倉流一時気絶神拳」。読んで字のごとく頚椎(7つある首の背骨で上から3番目の骨)の外側をチョップして一時期的に気絶させる技です。戦闘系の少年マンガでよく見られる描写ですが医療系国家資格を持つ沼倉が行うと深読みできます。おそらく総頚動脈から内頚動脈が分岐する”頚動脈洞”を狙ったものだと考えられます。頚動脈洞は脳へ血圧を供給する入口に当たりここの壁には動脈圧を感受する血圧受容器があります。そこにチョップをすることで圧力が強くかかり受容器が反応、脳への血圧が急激に上がったと判断し一気に脳への血圧が下降する”頚動脈洞反射”を起こしているのではないでしょうか。
実際にあることですが、座位で首を変な揉み方をしたときに脳貧血を起こすことがあります。私は過去に体験したことがあり冷汗が出て気分がとても悪くなりました。座位で肩や首への鍼、灸でも起きることがあります。本当に立ち眩みのように倒れる様子を私は目の当たりにしたことがあります。ギャグとして描いていますが我々に注意喚起を促しているのでしょう(きっと違う)。
5巻でも経穴(いわゆるツボ)が登場します。痒みを軽減させるツボとして以下の経穴が登場します。
肩髃、曲池、血海、足三里、三陰交。そして百虫窩です。
最初の5個の経穴は正穴といって経絡上にあるツボです(経絡とは人体にある気の通り道のようなもの)。ポイントは最後の百虫窩。これは奇穴といって経絡上にないツボ。私はこのツボを知りませんでした。検索してみると確かに痒みを軽減させるツボとして出てきました。私が学生時代(教員養成科を含めて)には出てこなかったもの。このようなツボをよく知っているなと驚きます。勉強になりました。
続いては椎間板ヘルニア(ひどい腰痛症状がある)の患者さんが訪れます。沼倉は素直に症状を緩和させるのではなく、患者さんの過去から現在に至る経緯を聞き、その偏った考え方を改めるように試みます。これは臨床において大事なことでなぜ今この症状が出ているのかを聞き取り、長年の習慣を改めるようにさせます。<そもそもヘルニア施術は痛みを和らげるだけのものだ 根本的には正しい姿勢と適切な運動で自然に治る>と沼倉は言います。術者(沼倉)が治すのではなく患者本人の取り組みで自然と治るのだと言っており、臨床家の真理と言えることを語っています。自他共に認める一流あん摩マッサージ指圧師ですが何でも治せるゴッドハンドではなく、非常に地に足のついた態度です。さりげなく大事な場面です。
(※とても真面目に解説していますが本作はギャグマンガなので作中はもっとハチャメチャです。他の場面では、いやいや実際にはできないでしょうという、神がかったことを沼倉はやっています。)
次に腱鞘炎改善ツボとして以下が出てきます。
大陵、列缼、内関、合谷、陽渓、外関、手三里。
これらはどれもポピュラーなツボ。全て正穴です。マニアックな点ですが名前の表記について。列缼は現在、列欠と書きます。私が鍼灸マッサージ専門学校のときは列缼で習いました。また陽渓は現在の表記で私が学生時代は陽谿と習いました。旧表記と新表記が混ざっている点が気になります。第1巻でも天谿というツボが出ていてこちらも旧表記でした。谿の字は渓にしないこだわりがあのかもしれません。
腱鞘炎の流れ出てきたのが「肩脱臼神拳」。沼倉はなんと患者の肩関節を痛みなく脱臼させてしまいます。ギャグマンガと捉えれば、腱鞘炎を改善させておいて肩を脱臼させるという落差が楽しめるのですが、沼倉が柔道整復師であることを踏まえると興味深いのです。柔道整復師は骨折、脱臼の整復(骨の位置を正しい位置に戻す操作)を学びます。その学習過程で関節がどのような方向に脱臼しやすいかも学びます。整復できるということは脱臼する機序が分かっているので脱臼させることも不可能ではないでしょう。あん摩マッサージ指圧師に加えてはり、きゅう、柔道整復と一見余分とも思える資格取得の設定が密かに活きているように思います。
5巻になって唐突に沼倉は鍼をします。それも耳鍼法。耳に鍼を刺すのです。作中の解説では<薬物中毒などの依存症治療のためにアメリカで開発された耳鍼法 5つの耳ツボに正確に鍼を刺し離脱症状を緩和させる>とあります。耳鍼(耳介療法)はフランスのノジェが始めたと言われています。本作で出てくる耳鍼法はアメリカのバトルフィールドアキュパンクチャ―(Battlefield Acupuncture:戦場鍼)のことを指しているようです。耳が出ていれば施術可能なので重宝されるという。作中に出てくる耳ツボは以下の通り。
神門、腎点、交感点、肝点、肺点。
耳には正穴が存在せず奇穴ともちょっと違い、耳ツボは反応点に近いイメージでしょうか。この配穴(ツボの選び方)には諸説あるように思います(そもそも作中ではこれが戦場鍼とは明言していませんが)。私は学生時代に耳ツボダイエットの研究をしました。耳鍼は比較的新しくできた分野。完全に定説が確立されているとは言えないような気がしています。そういった意味でかなり攻めた内容ではないでしょうか。指圧で効かせる、という選択肢もあったと思いますし。
ここで沼倉が「はり師」である設定が活きてきます。耳鍼をした上でマッサージを行うという複合技で薬物中毒患者を救うのです。5巻にして初めて鍼を使う描写。このために敢えて鍼灸の資格も取っているということにしたのでしょうか。
また沼倉はあん摩マッサージ指圧師が主でありますが、臨機応変に他の技術も活用する姿勢が見られます。臨床家としてのセンスを感じられ、本当に作者(および編集者)はよく調べているなと思います。耳は指が入らないですし細かいツボだらけなので鍼を用いる方が合理的です。依存症の症例に耳ツボを採用するところが流石です。しかも作品のストーリーに絡めていて。
最後に5巻に限らず本作に一貫していることは、主人公沼倉は相当突拍子もない言動を取るのですが目の前の患者さんに対して真摯に良くしようと向き合うことです。ギャグマンガでありながらその部分はぶれません。本職の私が見ても納得させられることが多いのです。
細かい専門知識を入れているところも含めて「ケンシロウによろしく」の魅力です。バカリズムさんが紹介するのも何か分かる気がします。表面的なギャグ要素だけではないところに惹かれたのではないでしょうか。
ストーリーも急展開しており6巻はどのようになるのでしょう。来年が楽しみです。
甲野 功
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