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今月2月7日にあん摩マッサージ指圧師専門学校新設を巡る裁判において最高裁判決が出ました。この裁判は6年間に渡り視覚障害のない晴眼者を対象としたあん摩マッサージ指圧師養成施設を新規に作ることができないことに対する異議申し立てとしたものでした。ある学校法人が新規のあん摩マッサージ指圧師専門学校の新設を地方自治体に申請したところ認可が降りませんでした。これは関係する法律(通称、あはき法。その12条に規定されている)が存在するためです。視覚障害者の職域を守る目的で(晴眼者の)あん摩マッサージ指圧師養成施設を許可なく新設することを禁じています。
※言い換えると条件が整えば新設は可能です。
申請が認められない学校法人は4ヵ所で厚生労働大臣を相手に裁判を起こしました。結果的に全て敗訴し、最後の最高裁判所での判決でも棄却、つまり訴えは認められないという結果に終わりました。もしもこの判決が原告勝訴だったとしたら、あん摩マッサージ指圧師だけでなく鍼灸師、柔道整復師、そして理学療法士や作業療法士、看護師まで含めて大きな影響を受けたことでしょう。またこの判決でも少なからず影響を受けることになるでしょう。
晴眼者のあん摩マッサージ指圧師養成施設が(実質)増やせないという判決の他に、別の視点から影響を与えるのではないかと考えられることがありました。それは本裁判の判決文にあります。判決文全文が裁判所ホームページに掲載されています。
令和3年(行ツ)第73号 非認定処分取消請求事件
令和4年2月7日 第二小法廷判決
判決文は12枚になるのですが、8ページから草野耕一裁判官の意見が最後まで続きます。つまり全文の最後3分の1は草野裁判官の意見が掲載されているということです。その内容なのですがとても興味深いものなのです。
まず草野裁判官は
『
一人の被施術者に対して,はり及びきゅうのいずれか又は双方の施術とマッサージの施術とを併用して行う施術業(以下「総合施術業」という。)は,これらの各施術を個別に行う職業とは異なる独自の職業とみることが可能である。
』
と意見を述べ、鍼灸とマッサージ(ここではあん摩、マッサージ、指圧の総称として用いている)を併用して行うことを「総合施術業」と定義しています。更には鍼灸単独あるはマッサージ単独で行う職業とは異なる独自のものだと言っているのです。
その理由を続けます。
『
なぜならば,①総合施術業は,上記の各施術を組み合わせることによって,これらの個別の施術によっては得ることのできない効用を被施術者にもたらし得る業務であり,かつ,②総合施術業を行い得る者(以下「総合施術師」という。)なくして同等のコストで同等の効用を得ることはできないからである
』
鍼灸とマッサージを組み合わせる総合施術業は、鍼灸・マッサージ単独では得られない効用を患者さんにもたらし得る業務であり、かつ総合施術業を行う者を「総合施術師」と定義し、この総合施術師なくてはこの効能を得ることができないからだと理由を説明しています。
この文言を解説すると、免許業であるので人に鍼灸をするためには鍼灸師免許(正確にははり師免許ときゅう師免許)が必要です。もちろんマッサージ(あん摩、指圧、マッサージ)を行うにはあん摩マッサージ指圧師免許が必要です。この3つの免許を持つ者を“三療師”とか“あはき師”と業界で呼ぶことがままあるのですが、鍼灸とマッサージを併用して行う(これを総合施術業と定義)者を「総合施術師」と定義したのです。総合施術師は最低限、あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師の3つの免許が必要となります。
草野裁判官は鍼灸単独、マッサージ単独の施術よりもそれらを併用した総合施術の方が施術効果は高いであろうとし、かつコストも低いと考えているようです。この場合のコストは前に書いてある意見を踏まえると、一人でどちらも行えるので料金が安く済むといいたのだと読み取れます。鍼灸師とマッサージ師別々に施術をするとそれだけ個別に料金(おそらく時間も含めて)がかかるのでそれを“同等のコスト”という表現をしていると私は読み取りました。
このあと草野裁判官は総合施術師を養成する施設(学校)を総合施術師養成等として論を進めていき、結果的に晴眼者のあん摩マッサージ指圧師養成施設の新設を解禁することは妥当ではないと結論つけています。これは原告の学校法人はすでに鍼灸師養成のための専門学校を作っており、ここにあん摩マッサージ指圧師養成科を増やしたいという事情を考慮したのだと予想しています。
ここで個人的に特筆すべきことが最高裁判所裁判官が「総合施術師」なる造語を用いて説明したことです。この業界に15年以上いて、自身も鍼灸師かつあん摩マッサージ指圧師ですが「総合施術師」なる言葉は聞いたことがありません。意見を述べるために定義した言葉です。そして鍼灸とマッサージを併用した“総合施術”は各々単独で施術するより効用があるとしたことです。ここについては鍼灸師免許のみの人、あん摩マッサージ指圧師免許のみの人からすると異論反論があるところではないでしょうか。
ただし最高裁判所裁判官という司法に携わる者が敢えてこのような意見を述べることは非常に大きな意味があると考えています。最高裁判所裁判官は国民審査制度といって憲法に定められた国民の判断を受ける立場にあります。この審査は国民主権の観点から重要な意義を持つ制度だと説明され衆議院議員選挙で国民投票で行われます。これほどの立場にある公人が判決文という公的な書類に残すほどです。その真意は計り知れませんが決して思い付きというわけはないでしょう。1審、2審と原告の敗訴、上告を経ての最高裁判です。当然それまでの裁判記録や業界の状況を学んだうえでの意見であるはずです。
草野裁判官が定義した「総合施術師」の当事者である私としてはとても驚きました。ずっと前から鍼灸とあん摩マッサージ指圧を組み合わせた技術体系を模索してきたからです。それは3つの免許(はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師)を持ち、かつ、どれも日常的に臨床で組み合わせて使ってこないと判断できないことです。判決文の意見にもありましたが鍼灸、マッサージの免許を取得してもマッサージ施術のみの人もいます。逆に鍼灸師しか行わない人もいます。どちらも併用するという人はあまり多くありません。そもそもあん摩マッサージ指圧師養成施設を新設することは制限がかかっている状況ですのであん摩マッサージ指圧師の絶対数が少ないのです。晴眼者におけるあん摩マッサージ指圧師単独の養成施設は(この文章を書いている時点で)日本に3施設しかないので鍼灸師が改めてあん摩マッサージ指圧師免許を取ろうとなると非常に厳しい条件になるのです。
鍼灸とマッサージの違いを理解して、それらの技術を組み合わせるというのはなかなか簡単なことではありません。特にマッサージと書いていますがあん摩、マッサージ、指圧という3種類の技術を一つの免許でまとめているのです。あん摩、マッサージ、指圧の3種類全てを臨床で行う人ですら多くないのです。
また鍼灸とマッサージ両方を教える「総合施術養成施設」でも鍼灸とマッサージを統合した技術は教えません。学校のルーツは色々で鍼灸師が設立した学校では鍼灸に重きが置かれあん摩の学校として始まったところはあん摩重視に、指圧師が作った学校では指圧が最上位概念になることがあるわけです。そうするとどうしても他は添え物みたいな雰囲気が出てしまい、「総合施術」という理論や技術を研究する土壌が生まれにくくなっています。草野裁判官の意見を採用すれば鍼灸科と鍼灸マッサージ科は別の養成施設と考えてよいわけですが、実際にはほとんど共通の教員が授業を教えていることが多いのです。そして鍼灸は鍼灸として、マッサージはマッサージとして実技授業を行い併用するやり方を教えることは稀だと思います(全国にある学校の事情を把握していないのでこれは憶測になっています。少なくとも私はこれまでにそのような技術を教えている学校の話を聞いたことがありません。また盲学校は別なのかもしれません。)。
図らずも最高裁判所裁判官から鍼灸とマッサージを併用する「総合施術」や「総合施術師」という概念が述べられました。おそらくこの「総合施術」にしっかりと向き合った人はほとんどいないように思います。最低限鍼灸師とあん摩マッサージ指圧師の両方を持っている人でなければいけません。徒手療法をする鍼灸師は除外します。
裁判の判決文を読んで新たな気づきと発見を得ました。今後はこのことについて考えを深めて技術と知識を整理していこうと心に決めました。
甲野 功
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