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私が大学生の頃だと思います。もしからしたら大学卒業後かもしれませんが。とにかく20年くらい前の事なので若干記憶が曖昧ですが、(私のダンスの先生である)坊迫先生に「ダンスでは膝を前にしか使わないよ」と言われました。この一言はいまだに忘れませんし、人体の仕組みを学んでからより一層考える内容になっています。
この言葉には幾つか前提があります。言われたのは社交ダンスを習っているとき、それもモダン種目(スタンダード種目)のときに発せられた言葉ですから、『(社交ダンスの)スタンダード種目では膝を前にしか使わない』という意味になります。膝を前に使うというのは膝関節、具体的には膝のお皿(膝蓋骨)を前方に出る動きをするということです。そして状況的に基本動作に関する話であり、厳密にはピクチャーポイズという見せ場をつける動きや、現在のスタンダードの踊り方によっては膝を後方に使う場合があると私は考えています。ひとまず特例を除いて考えます。
膝が後方に動くといのはいかなるときかと言うとラテン種目である二―バック、膝関節を過伸展させたとき(思いっきり膝を伸ばした状態)には膝蓋骨が後方に動きます。もう少し簡単に考えると膝蓋骨が後方に進む動作と考えます。
さてこの先生の言葉が出たのは、後ろに下がる(後退時の)ステップを習っているときだったと思います。身体全体が後方に下がる(後退する)わけですから、送り足と言われる動作を生み出す方の足も後ろに使うイメージがあります。
※送り足とは片足立ちになっている状態で体を支えて動くための足。ダンスのステップも歩行も片足で立って一方の足を振り出すことで成り立ちます。
しかしそのイメージとは逆で、身体が後退するときも送り足の膝は前方に向かって使うというのが教えです。後退しようとしているに進行方向とは逆の前方に膝関節を動かす?一見矛盾します。しかし運動のメカニズムを理解すると非常に合理的であることがわかります。当時はそういうものかと理解が薄いまま言われたことを実行するだけでしたが、今になると深く考えることができます。
まず人間の体には(身体)重心というものがあり、立位では第2仙椎の前方、大雑把にいうと骨盤の中にあります。ダンサーによってはそれを丹田と表現する方がいます。その重心が支持基底面の中にあるとき立っていられます。支持基底面とは床に触れている部分で囲まれる範囲。ベタ足で開いた状態であれば支持基底面は広く、片足立ちになれば支持基底面はその足が床に触れている部分だけ。さらにつま先立ちになれば支持基底面はより狭くなります。歩く、走る、跳ぶといった動作は支持基底面から重心が外れることで生じるのです。
後退する場合も重心が支持基底面から後方に逸脱することで実現するのですが、膝を前方に使うことでロアー(膝を曲げて上体が下に降りる動作)をしても重心が支持基底面の中に保たれます。その状態を保った上で足首(足関節)を伸展する(伸ばす)ことで後退の動作が始まります。
経験者は分かると思うのですが、このとき送り足を使ってロアーしながら膝を後方にしていくと床を捉えることができず、いわゆる腰が抜けた状態に陥ります。そうするとバランスを取るために重さのある頭部を重心の代わりに支持基底面に置こうとしてしまうので、いわゆるネックが出る(頭が前に出てしまう状態。社交ダンスでは原則してはいけない体勢。)状態になりがちです。
そして送り足を使うことができないのでパワーが出せません。社交ダンスを始めた男性(リーダー)が最初に苦労するワルツのスピンターンの1歩目を思い出すと納得しやすいのではないでしょうか。
送り足と日本語でいうとイメージが異なるかもしれませんが、本来の言葉は英語でサポーティングフットです。直訳すると「(身体を)支えている足」になります。よって体を押し出すことも必要なのですが、まずは体を支えるのが送り足の役割でしょう。膝を前方に使うのは重心を支持基底面に残しておくことになるのです。それは前進でも横移動でも後退でも同じです。ロアーという膝を曲げる動作において意図的に膝蓋骨を前方に使うことで安定した動きが可能になります。
そして支持基底面から重心を外す動作は足首(足関節)の働きだけでできるのです。膝を動かさないで膝関節の角度に応じた割合で足関節を使うことで重心は支持基底面から外れるため、動作の初動が生まれます。その後に膝関節を伸ばして股関節を使って動作を継続することになります。
文章にすると複雑に見えますが、熟練した選手は自然とこなしています。反対に、ある程度経験を積んだ選手でもここが疎かになっていることがしばしあります。
来院する学生競技ダンス選手の4年生でも後退時に膝を後ろに使ってしまっている場合がありました。ステップは踊りこなして慣れているので、通してみるとそれなりに踊れているように見えますが、重心が早めに不安定になるので組んでいる相手に負担になってしまう。この状況は特に男性(リーダー)に圧倒的に多いです。女性(パートナー)はシューズに高いヒールがあるため膝を前方に使いやすくなっています(むしろ膝を後ろに使うことが難しい)。ヒールの存在によってパートナーは後退しやすくなっています。反対に前進するのがリーダーよりも難しいのがパートナーです。リーダーは後退の準備が終わって後退動作に入ったとしてもパートナーの方は前進する準備が整っていない。その時間差がダンスの一体感を損なう原因になっている選手がいます。
「ロアーしながら既に後退する気持ちになっているよ」と指摘すると、言われた選手ははて?という顔をします。むしろ前に進むくらいの気持ちで体(重心)を前に残してロアー動作をしてみましょうと提案します。例えば手の平で目の前にある見えない壁を撫でるようにやってみてくださいと提案します。ロアーしながら壁から手が離れてしまったら腰が後ろに抜けてしまっているよと指摘します。これが動作として成立するとネックが出る予防になり送り足をしっかり使えるようになるものです。
選手時代は感覚でやっていましたが、人体の運動として理論的に考察することで圧倒的に理解が深まりました。理解が深まるということは、どの部分で動作に支障が起きているのか分かるようになること。最初のうちは、ネックが出ている、腰が抜けている、動けていない、といった結果による(よろしくない)事象だけを指摘してしまいます。なぜそのような状況に陥っているのか原因を解析できませんでした。そして自身の身体感覚でこういう感じと伝えて、それが相手には伝わるときと伝わらないときがあり博打になっていました。理論は数学の公式のようなもの。基本的に例外が無く誰にでも適応できます(大きな肉体的な機能障害がある場合は別です)。
遥か前に習った「膝を前に使う」という言葉を人体の構造や運動学で考えると理解が深まります。
甲野 功
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