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先日、整形外科医を名乗るTwitterアカウントの者が
『最高裁で判決が出てしまったから。それは、「禁止処罰の対象となるのは、人の健康に害を及ぼす恐れのある業務に限局されると判示し、実際に禁止処罰を行なうには、単に業として人に施術を行なったという事実を認定するだけでなく、その施術が人の健康に害を及ぼす恐れがあることの認定が必要である」というもの。つまり、「人に危害加えなければOK」と言っちゃったので、マッサージがグレーゾーンになってしまっているのです。』
という投稿をしました。
まず匿名、顔を出さない、素性を明かさない、という状況で医師を名乗ってSNSで医師としての発言をすることに違法性がないのか疑問があります。しかしそれは横に置いておいて、その内容が問題です。最高裁が判決を出して人に危害を加えなければOKとした、そのため無資格無免許者のマッサージがグレーゾーンになっているという内容は大きな間違いです。最高裁はこのような判決をしたのではなく、判決の意味をはき違えたマスコミが曲解して報道したことであたかもそれが事実であるかのように世間に広まったのです。私はこのSNS投稿をみて、医師と名乗る割には情報の裏取りをしていない、浅はかだと感じて裁判所の判決文からきちんと説明した方がいいと思いました。
この“最高裁の判決”というのは我々の業界でいう通称「昭和35年判決」と言われるものです。正確には昭和35年(1960年)1月27日に最高裁判所大法廷が出した判決で、事件番号「昭和29(あ)2990」、事件名「あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法違反」となります。これはHS式無熱高周波療法事件と言わる事件の判決の一つです。
まずHS式無熱高周波療法事件とはどのようなものかざっと説明します。
昭和20年代に宮城県であん摩マッサージ指圧師及び鍼灸師免許を持たない者がHS式無熱高周波療法と称する方法を用いて一般の人に治療行為をしました。そのことが(旧)「あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法」違反として逮捕されます。この法律は柔道整復師法が独立し、現在は「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師に関する法律」(通称、あはき法)になっています。
※法律では“っ”や小さい“ゅ”を大きい字で表記するのでこのような名称になっています。また昭和35年当時は現在のあん摩マッサージ指圧師はあん摩師という名称でした。
昭和28年(1953年)4月16日の平簡易裁判所第一審は被告人の有罪判決。罰金100万円、執行猶予3年が言い渡されました。この判決を受けて被告は控訴します。昭和29年(1954年)6月29日の仙台高等裁判所第二審でも有罪判決となります。更に被告は上告し、最高裁判所での判決が問題の昭和35年判決なのです。なおこの被告には最終的に有罪判決が決定したと先に伝えておきます。
詳しくは裁判所ホームページ、判例集にあります。
<最高裁判所判例集>
『
事件番号:昭和29(あ)2990
事件名:あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法違反
裁判年月日:昭和35年1月27日
法廷名:最高裁判所大法廷
裁判種別:判決
結果:破棄差戻
判例集等巻・号・頁:刑集 第14巻1号33頁
原審裁判所名:仙台高等裁判所
原審事件番号
原審裁判年月日:昭和29年6月29日
判示事項:
一 あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法第一二条、第一四条により禁止処罰される医業類似行為
二 右第一二条、第一四条の合憲性
裁判要旨:
一 あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法第一二条、第一四条が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのは、人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならない。
二 右のような禁止処罰は公共の福祉上必要であるから前記第一二条、第一四条は憲法第二二条に反するものではない。
参照法条:
あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法12条、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法14条、憲法22条
主文:原判決を破棄する。本件を仙台高等裁判所に差し戻す。
』
まずこの最高裁判所が下した判決は「破棄差戻」であります。つまり被告が有罪か無罪かを判断したのではなく、(最初の)仙台高等裁判所の判決を破棄しもう一度やり直しなさいということ。被告が無罪を勝ち取ったのでも、有罪と最高裁が判決をしたわけではありません。あくまでももう一度裁判をやり直せという判断です。
なおこのあと再び仙台高等裁判所で裁判を行った結果、被告は有罪判決に。被告は不服として上告するも最高裁判所は上告棄却の判決を出し、被告の有罪判決確定となりました。
この裁判において上告の訴えは、第二審仙台高等裁判所で罪に問われた法律(旧法第12条、14条のこと。現あはき法第12条)は憲法違反であるから裁判の判決(有罪判決)は無効であるという主張、なのです。それを最高裁判所は、法律は憲法に違反していないから上告を破棄します、論点はそこではないからもう一度仙台高等裁判所で裁判をしなさい(破棄差戻)、という判断になります。
どういうことでしょうか。無免許でHS式無熱高周波という器具を用いて治療したことに対する処罰の話が、ここでは法律が違憲(憲法に反している)か否かの話になっているのです。
知っての通り法律に違反すれば違法行為として罰が与えられます。一審、二審で有罪判決が下り刑罰が被告に言い渡されました。その根拠は法律に反しているからです。ではその処罰の根拠となる法律自体が無効だとしたら。下された処罰自体が無効になります。そして法律の上位に憲法があります。憲法の下に法律があるわけです。よって被告は処罰の根拠となる現あはき法第12条は日本国憲法第22条に違反する法律であるから、自分は無罪であると主張し上告したのです。つまりあはき法第12条は違憲か(憲法第22条に反するのか)を問うというやり方をしたのです。
判決文から読み解いていきます。
『
理由
被告人の上告趣意について。
論旨は、被告人の業としたHS式無熱高周波療法が、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法にいう医業類似行為として同法の適用を受け禁止されるものであるならば、同法は憲法二二条に違反する無効な法律であるから、かかる法律により被告人を処罰することはできない。本件HS式無熱高周波療法は有効無害の療法であつて公共の福祉に反しないので、これを禁止する右法律は違憲であり、被告人の所為は罪とならないものであるというに帰する。
』
被告が上告した理由は
・HS式無熱高周波療法が該当法律でいう“医業類似行為”として同法で禁止されているものであるなら、この法律は憲法第22条に違反するから無効である。だからこの法律によって処罰することはできない。
・HS式無熱高周波療法は有効無外の療法であって“公共の福祉”に反しないので、これを禁止する法律は違憲だから罪にならない。
というものだと読み取れます。
ではここで該当する法律と憲法を紹介しましょう。なお法律は改訂されているので現在のあはき法第12条を紹介します。柔道整復師法が独立しましたが骨子は同じです。
・あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律
第十二条:何人も、第一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならない。ただし、柔道整復を業とする場合については、柔道整復師法 (昭和四十五年法律第十九号)の定めるところによる。
第一条:医師以外の者で、あん摩、マツサージ若しくは指圧、はり又はきゆうを業としようとする者は、それぞれ、あん摩マツサージ指圧師免許、はり師免許又はきゆう師免許(以下免許という。)を受けなければならない。
・日本国憲法
第二十二条:何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
あはき法第12条は誰も同法第1条に掲げるあん摩マッサージ指圧、鍼灸を除く医業類似行為を業とはしてはいけないということ。第1条はあん摩マッサージ指圧、鍼灸を業とするには各免許(国すなわち厚生労働省が出す国家資格免許)を取得しないといけませんということです。
憲法第22条はよく“職業選択の自由”と言われる権利についてで、“誰も公共の福祉に反しない限り”居住・移転・職業選択の自由が有りますよということです。
判決はあはき法第12条違反として処罰されています。免許を持たずに医業類似行為を業としたから。法律でいう「業とする」とは「反復継続の意志をもって行うこと」と解釈されていて、平たく言うとそれを不特定多数の人に対して継続的に行ってはいけないという意味になります。なお対価の有無は関係なく、無料だから許されるということではありません。しかし被告は憲法第22条で“公共の福祉に反しない限り”という条件下でなら「職業選択の自由」が保障されている。自分の行ったHS式無熱高周波療法は治療効果が有るが無害なものであるから公共の福祉に反していない。よってあはき法第12条で裁くことはできず判決は無効なのだと。
それに対して判決文はこのように記されています。
『
憲法二二条は、何人も、公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を有することを保障している。されば、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法一二条が何人も同法一条に掲げるものを除く外、医業類似行為を業としてはならないと規定し、同条に違反した者を同一四条が処罰するのは、これらの医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するものと認めたが故にほかならない。
』
あはき法第12条であん摩マッサージ指圧、鍼灸を除く医業類似行為を業とすることは公共の福祉に反するものと認めたからであるとしています。※当時の法律を現法律に置き換えて意訳しています。
以下のように続きます。
『
ところで、医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するのは、かかる業務行為が人の健康に害を及ぼす虞があるからである。それ故前記法律が医業類似行為を業とすることを禁止処罰するのも人の健康に害を及ぼす虞のある業務行為に限局する趣旨と解しなければならないのであつて、このような禁止処罰は公共の福祉上必要であるから前記法律一二条、一四条は憲法二二条に反するものではない。
』
それでは医業類似行為を業とすることが公共の福祉に反するといえるのはその業務行為が“人の健康に害を及ぼすおそれがある”から。だから禁止処罰するは“人の健康に害を及ぼすおそれのある業務行為だけにする”と解釈される。禁止処罰は“公共の福祉”上、必要であるからあはき法第12条は憲法第22条(職業選択の自由)に反するものではない。
このようにあはき法第12条(医業類似行為の禁止)は違憲ではないと判断しています。
『
しかるに、原審弁護人の本件HS式無熱高周波療法はいささかも人体に危害を与えず、また保健衛生上なんら悪影響がないのであるから、これが施行を業とするのは少しも公共の福祉に反せず従つて憲法二二条によつて保障された職業選択の自由に属するとの控訴趣意に対し、原判決は被告人の業とした本件HS式無熱高周波療法が人の健康に害を及ぼす虞があるか否かの点についてはなんら判示するところがなく、ただ被告人が本件HS式無熱高周波療法を業として行つた事実だけで前記法律一二条に違反したものと即断したことは、右法律の解釈を誤つた違法があるか理由不備の違法があり、右の違法は判決に影響を及ぼすものと認められるので、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものというべきである。
』
ところで被告の主張に対して仙台高等裁判所の判決はHS式無熱高周波療法が人の健康に害を及ぼすおそれがあるか否かについては何も判示していない。そこのところを確認しないといけませんから、仙台高等裁判所の判決を破棄しなければいけない。この理由により主文に繋がります。
『
主文
原判決を破棄する。本件を仙台高等裁判所に差し戻す。
』
どうでしょうか。被告の訴えであるあはき法第12条は違憲かどうかというものは退けてあはき法第12条は合憲であるとしています。しかし本判決においてHS式無熱高周波療法が健康被害を及ぼすおそれがあるかどうかは判断材料が提示されていないからもう一度やり直ししなさい。争点となったポイントである“公共の福祉に反する”かどうかは“人の健康に害を及ぼすおそれ”を判断しないといけないから。かつそもそもあん摩マッサージ指圧、鍼灸(それと柔道整復も)は“人の健康に害を及ぼすおそれがある”行為だから免許制度にして一般の人間に禁止しているのである。
この最高裁判所の判決を受けて再度仙台高等裁判所で裁判が行われます。詳細を省きますが専門家の調査によってHS式無熱高周波療法は健康被害を及ぼすおそれがあると判断され、やはり有罪に。被告はそれを不服として更に上告しますが最高裁判所第一小法廷は昭和39年(1964年)5月7日に上告棄却の判決を下し、被告の有罪判決が確定します。
本題に戻ると昭和35年に最高裁判所大法廷で出した判決が
・公共の福祉に反するかどうかは健康被害を及ぼすおそれがあるかどうか。
・健康に害を及ぼすおそれがなければ公共の福祉に反することがないから職業選択の自由が認められる。
・よって免許が無くても仕事にしてもよい(業としてよい)。
という解釈がされてしまったのです。
更にこの判決を
・あん摩マッサージ指圧師免許を持っていなくてもマッサージ行為をしても罰せられない。
・それは最高裁判所がそう判決を出したから。
と理論が飛躍して世間に広まったということです。
ですから、最高裁が健康に害を及ぼすおそれがなければ誰でもマッサージしてもいいよと判決を出した、などという事実はありません。自称整形外科医アカウントは流布されている上辺の解釈を持ち出したに過ぎないと言えるでしょう。
そして過去にも指摘しましたがこの誤った解釈はもっと危険なことをはらんでいるのです。元々の事件はHS式無熱高周波療法という器具を用いたもの。マッサージ行為ではないのです。あん摩マッサージ指圧師免許を持たないものが違法行為でありながらマッサージ行為をする免罪符として引き合いに出していますが、発端は物理療法機器です。この理屈が通るなら「健康に害を及ぼすおそれがなければ免許がなくとも何をやってもいい」となりかねないのです。例えば医師しか扱ってはいけない医療器具を素人が扱って治療行為をしたとしても許されてしまう。鍼灸師でないものが人に鍼を刺してお灸をしても見逃される。そのような事態を生んでしまうのです。
実は医師、鍼灸師、その他の医療従事者にとって他人事ではないのです。そこのところを対岸の火事だと思って見過ごしている人が多いと思いますし、最初に挙げた自称整形外科医のアカウントもそうなのです。極端な解釈を世間に広めたことで(本当に整形外科医だとしたら)自らの首を絞めかねない。実際に健康被害が起きた場合に対応するのは医師であるからです。
甲野 功
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