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先週金曜日に東京医療専門学校代々木校舎に出向き、東京医療専門学校第38回鍼灸マッサージ教員養成科卒業論文発表会に出席してきました。
私は同校の卒業生で30期になります。今年は39期生の発表。鍼灸マッサージ教員養成科(以下、教員養成科)は2年制で最終学年の2年生が約1年間かけて独自の研究をして論文にまとめ、研究内容を発表します。それが卒業条件となるのです。よって卒業論文発表会は最後の授業と言えるのです。
1年生は2年生の発表を公聴し次年度から行う自身の研究の参考にします。私は毎年参加することで多くの学びを得ています。今年は3年ぶりに一会場で行い、1年生と2年生が同じ教室で発表会が開催されました。今年は複数名の学生が一緒になって研究をしたため(最大3名まで可能)、演題数は私が参加したなかで最も少なかったです。
今年も全演題について触れて軽い解説と感想を述べていきます。どこまで書くか悩むところで、少々ぼかして表現するところがあります。教員養成科の学生でありますが免許を持った鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師のプロが1年間かけて成し遂げた成果です。詳しく知りたければ春には製本される論文集を参照していただければと思います。
1.指圧における除圧操作の有効性
当発表会において、数少ない徒手手技(鍼灸といった道具を用いずに手で行う)における実験研究です。浪越学園日本指圧専門学校卒の学生さんが研究に参加しています。
指圧技術に、漸増圧→持続圧→漸減圧、というものがあります。じっくり圧を入れていって(漸増圧)、一定の圧を保持し(持続圧)、ゆっくり圧を抜いていてく(漸減圧)というもの。いきなりフン!と圧を入れたり、スッ!と圧を抜いたりすることはあまりしません。このようなやり方をする技術もあるのですが、ベーシックなやり方として漸増圧、持続圧、漸減圧にします。技術的によく言われることですが、押すときよりも力を抜くときの方が大切、丁寧に圧を抜くことができないといけない、とよく言われます。しかしこの漸減圧(以後、除圧操作と書きます)について研究した先行研究が存在しないということで、指圧における除圧操作について実験研究したものです。
うつ伏せに寝た被験者に背中の脊柱起立筋という筋肉の最も盛り上がった定点に母指で指圧を行います。比較するために除圧操作をしない指圧と除圧操作をする指圧を行います。筋肉の硬さ(筋硬度)、血圧、脈拍、被験者の主観的評価を指圧刺激前後で計測します。比較は数学的統計処理をしています。
被験者の脈拍について、除圧操作をした指圧後は行う前よりも脈波数が有意に減少しました。“有意に”というのは統計処理をした上でたまたま偶然ではなく、信頼できるレベルで変化が見られたという意味です。また同じく除圧操作をした指圧の方が被験者の評価が有意に高く、除圧操作をしない指圧では不快感を指摘するコメントが3分の1を占めました。
徒手手技の研究は毎回同じ刺激量を確保できるのか、という点が課題になります。本研究では毎回体重計で15kgの圧を入れ、メトロノームを用いて3秒で除圧操作を行う動作確認をした上で実験をしています。実験方法をきちんと考えています。
私の実経験から想像すると除圧操作をしないと粗暴な手技だと相手が感じてしまいます。安心感が無いというか。呉竹指圧では除圧操作において「半月の手」と呼ばれる技術があり、やはり丁寧に行うように言われます。臨床で大切と言われる技術を実験研究にて測定したことは画期的な研究だと思います。当たり前過ぎて見過ごされている。圧の強さやどこを押すかに目がいきがちなのに。この発表を聴いて日々の指圧を丁寧に行おうと気を引き締めました。
2.円皮鍼の刺激が顔面部へ及ぼす影響 -水分量・油分量・主観的評価を指標として-
本発表会において過去に何件も研究されてきた、美容鍼に関する研究発表です。過去に毫鍼(体内に刺す鍼のこと)、鍉鍼(体内に刺さらず押す、あてる棒状形態の鍼)による研究があり、本研究は円皮鍼という短い棘のような形の鍼による研究です。顔の特定部位の水分量、油分量を計測、また被験者の皮膚の張り・つや・顔色・凝りについて主観的評価をしてもらいます。この円皮鍼はメーカーに協力してもらって、外から見ても分からない鍼が付いていない偽物(ニセ鍼)を用意してもらうことができます。これにより被験者は顔に鍼の付いているものか付いていないものか分かりません。これを盲検と言います。そのおかげで円皮鍼をしているから効くはずというプラセボ効果が除外されやすくなります。顔面部17か所と比較的多くの場所に貼りました。
結果は興味深いもので、客観的な指標(水分量、油分量)は円皮鍼でもニセ鍼でも前後に有意な差が出ず、主観的評価の凝りについて円皮鍼、ニセ鍼ともに効果を実感したとありました。なお被験者が円皮鍼かニセ鍼かを判定できていたかについては統計処理をすると“わずかな一致”という数値になりました。刺激量のこと、被験者が全員鍼灸師であること、など結果に対する考察がしっかりとしていました。
本校卒論研究の伝統的なテーマといえます。美容鍼の研究は数年に渡り続いており、毎年発表会を聴くことで研究が積み上がっていくことが分かります。今年このやり方をしたから自分はこうしてみよう、と。本研究もそれまでの流れがあってのものでした。そして会場では教員養成科学生から実験方法に関する質問、意見が飛び交いました。質疑応答になっても会場から誰も挙手しない、静まり返ってしまうことがあるのですが、活発なやり取りがあってOBとして頼もしく思いました。
3.次髎穴への台座灸刺激による足底皮膚温・下腿血流の変化
次髎(じりょう)という経穴(いわゆるツボのこと)はお尻にある仙骨という骨の、後仙骨孔というところにあります。臨床でよく用いられる経穴です。ここに台座灸といわれるお灸を置いて温熱刺激を与えて足の循環を観察する実験研究です。「長正灸レギュラー」という私も多用するお灸を用いて次髎穴を温め、足の裏の皮膚温度、ふくらはぎの血流、深部温度を観測します。先行研究で次髎穴への鍼通電で効果が認められたという報告があり、灸刺激ではどうであろうかという狙いがありました。
この実験研究は実験のやり方に注目しました。客観的に測定するために複数の測定機器を用いています。人的ミスを減らし客観的な数値観測を考慮していると思いました。私が教員養成科時代には無かった計測機器だなと。そして灸刺激を一定にするために台座灸を予備実験で複数種類試して選定しました。質疑応答で台座灸にする意味、長正灸を選んだ理由、被験者の感受性についてなど実験方法についての議論が交わされました。
実験研究は結果も重要ですが、そのやり方が果たして妥当だったのか、という問いに常にさらされます。使える資源(機器、設備、時間、被験者の人数など)が限られる中、何をどのように用いて実験研究を構築するかは永遠の課題といえるでしょう。
4.四肢への刺激が呼吸機能に及ぼす影響
COPD(慢性閉塞性肺疾患)の患者に鍼刺激を行ったところ改善されたという先行報告があります。そのときに用いた経穴の多くが胸郭周囲でありそれだと外傷性気胸のリスクがあるため、四肢(手足)の経穴を用いて効果が出せないかと考えられた実験研究です。「アナトミートレイン」という理論を用いて呼吸に関係する部分の経穴1つのみの刺鍼で影響を観察します。用いる経穴は尺沢(しゃくたく)という肘の部分にある経穴と三陰交(さんいんこう)という足首の部分にある経穴。鍼を行わない無刺激群、尺沢群、三陰交群の3つに分けて前後の主観的意見(修正Borgスケール)、努力性肺活量、1秒率を計測します。3群の計測値を数学的統計処理をした上で比較しました。結果はどれも有意差が出ませんでした。
この研究はアナトミートレインという鍼灸師のベースとして持っている概念である「経絡」とは異なるものを利用したことにまず注目しました。アナトミートレインという用語は知っていましたがきちんと知らなかったので調べ発表内容からも学びました。この実験ではD.F.A.L(ディープフロントアームライン)上の尺沢穴とD.F.L(ディープフロントライン)上の三陰交穴を用いたといいます。初めて聞いた用語で調べてみようと思いました。経絡の機能を実験で明らかにしようとするものは数多くありますがアナトミートレインに注目したものは私にとって初めてで、経絡との類似性も含めて注目です。また呼吸器系に対する鍼刺激の研究は数多くあるのですがどうしても局所、すなわち胸郭部に近い経穴を用いることが多いので安全面を考慮して遠隔部の刺鍼で対応できないかという研究者の提案。こういうことを考えるのが経絡を知る鍼灸師らしいと考えます。
5.円皮鍼による運動鍼療法が指床間距離に与える影響
運動鍼という技術があります。やり方はいくつかあるのですが、大雑把にいうと鍼を体内に刺入して動いてもらうというもの。どのような手順が運動鍼というのかは議論が分かれるところで質疑応答の際にも意見が出ました。通常の運動鍼は毫鍼(ごうしん。体内に刺入する鍼。)を用いるのですが、それを円皮鍼で行ったらどうなのかという比較実験です。円皮鍼群は1.5mmの長さのものを貼付した状態で体幹を前後屈する。毫鍼群は5mm程度刺して抜いて、それから前後屈を行います。鍼刺激前後の指床間距離(前屈して指と床の距離。柔軟性を測る指標。)、前屈時の腰部の痛みと動かしやすさの自覚的評価、ハムストリングス(太ももの後ろ側の筋肉)の緊張度の自覚的評価を統計処理した上で比較します。結果は前屈時の動かしやすさの自覚的評価が、円皮鍼群において有意に出ました。
円皮鍼は貼付したまま運動することが可能です。我々の業界では羽生結弦選手が円皮鍼をした状態でフィギアスケート競技をし、オリンピック金メダルを獲得したことが知られています。それだけ運動時に用いられやすいのです。対して毫鍼で筋層まで刺入してその部分を動かすと鍼が曲がる、折れることがあります。実際に昨年春にプロ野球選手への刺鍼で鍼が折れてしまい体内に残り外科手術で取り除いたという事故が起きました。そのことを発表で触れていたので安全性を高める意味でも毫鍼と円皮鍼との比較をしたようです。
質疑応答でも意見が出たのですが運動鍼のやり方はどのようなものなのか。筋層まで入れた状態で体動させるのは鍼が曲がる、折れる危険があるのは明白です。実は運動鍼というものがありますが手順が一般化されていない、共通認識がない。その点を喚起させる発表でもありました。
6.低周波鍼通電による通電時間の違いがハムストリングスの伸張性に及ぼす影響
身体に刺入した毫鍼に電気を通す低周波鍼通電という技術があります。この技術にはパラメータが幾つかあり、電気の出力(出力量の大小)、電気の出力パターン(パルス波の波形、周波数、直流通電、など)、通電時間、刺入部位(筋層、皮下、関節、神経、など)です。この実験研究では通電時間に注目し、5分と15分でその効果に違いがあるのかを検証しています。効果は長座体前屈距離を鍼刺激前後で計測する、ハムストリングス(太もも裏の筋肉)の突っ張り感について自覚的評価を数値化するという測定方法。ハムストリングスにある承扶(しょうふ)と殷門(いんもん)という経穴に鍼を刺入して通電します。通電方法は周波数1Hz、出力は筋肉の収縮が確認できて被験者が心地よいと感じる程度(鍼通電をすると骨格筋が他動的に収縮します)。
結果は通電時間5分間と15分間とでは有意な差がみられませんでした。このことからハムストリングスのストレッチ作用に関しては鍼通電5分でも15分でも客観的・自覚的指標の双方において有意に差が無いという結果でした。
この実験研究は今年の発表の中で最も美しいものだと私は感じました。私も自分の卒業研究において低周波鍼通電を題材にしているので親近感を覚えたこともありますが、通電時間に着目した点が秀逸だと思います。まずは周波数、刺入する場所に目がいきがちだと考えるからです。私は周波数5Hz、通電時間10分間という条件で行いました。周波数について考えて設定しましたが通電時間はそこまで深く考えていませんでした。筑波大学理療科が低周波鍼通電の研究が盛んなのですが、そこでは1Hz、15分間というのが基本。それも実は経験則で通電時間に関して確たる根拠を求めてこなかったそう。そこで短い5分間ではどうなるのだろうという疑問があったと発表者は述べます。その効果を測定するのに先行研究で骨格筋の伸長作用(鍼通電をすると筋肉が緩む)が報告されていることを踏まえての実験。そして5分間と15分間に有意差が無いという結果。このハムストリングスの伸長作用に関してだけは、5分間の通電時間で15分間と同じ効果が出せることを示唆します。一般的に実験で有意差が出ないと残念な気持ちになりがちなのですが、この研究では有意差が出なかったことで、患者さんの負担を減らせるのでは、という期待が持つことができます。着目点、実験方法、結果とシンプルかつ興味深い素晴らしい研究発表でした。
7.上下歯間距離、顎の痛み、関節雑音に対する円皮鍼の効果
顎関節症。鍼灸院で扱うことが比較的多い症例ではないでしょうか。先行研究では中国鍼と鍼通電を複数回行った報告があるとし、円皮鍼で行ったらどうなるか検証した実験研究です。被験者は顎関節に自覚症状がある人を集めています。開口時の上下歯間距離(どれだけ口が開くか)の測定、開口時の顎の痛み、関節雑音(口を開け閉めしたときに関節で鳴る音)の自覚的評価を円皮鍼の介入前後で調査をしています。使用する経穴は顔、顔の後ろ、首、肩、手の10種類。20分間円皮鍼を貼付した状態で安静にします。
結果は、上下歯間距離は円皮鍼後に有意に開くようになり、顎の痛みは有意に自覚的に減り、関節雑音は有意に減ったという、効果が出るというものでした。この結果を見る限り円皮鍼でも顎関節症に効果があると示唆されるものでした。
個人的に気になったことはコントロール群(無刺激群)が無かったことです。円皮鍼の場合、見た目には区別がつかないニセ鍼を用意することができます。それがなくても円皮鍼を貼付せずに20分間安静にしていたら、自然と症状が改善するかもしれません。また被験者に医師による顎関節症であるという確定診断があったものがいなかったという部分にも疑問が残るという意見も。
毫鍼ではなく円皮鍼で同等の効果が出せるかもしれないという可能性を示唆する報告でした。選穴(どこの経穴を選択するか)も含めてすぐに臨床に使えそうな実践的な研究発表でした。
8.遠隔治療による鍼灸刺激が顔面部の皮膚温に及ぼす影響-八脈交会穴と奇経脈の循行経絡治療を用いて-
症状が出ている個所を局所といいます。例えば患者さんが腰が痛いと訴えた場合、痛みが出ている腰の部分を局所といいます。痛い腰の部分(=局所)に鍼や灸をするのは当然なのですが、鍼灸師の場合局所から離れた部分から症状にアプローチすることがままあります。腰の痛みに対して膝裏やふくらはぎ、手の甲など。こういったやり方を遠隔治療と一般的に呼びます。遠隔治療は鍼灸師らしいやり方だと言えて、その根拠に経絡という概念を持つからです。経絡という気が流れるルートが身体にあると考えて、その経絡を通じて症状を改善させようとする。経験的に効果が有ると先人達の経験と知恵で行ってきたことですが、本当にそれは効果があるのか?。その問いに対して研究をしてきたと言えるでしょう。本研究は奇経というルートを用いて効果を検証するものです。
東洋医学では十二正経という全身に12種類の経絡があるとしています。これは手6本、足6本の合計12本。左右にあります。それに対して奇経は正経とは別のルートとされるもの。鍼灸師の中では十二正経の方がメジャーなのですが、本研究では奇経を用いています。測定指標として顔面部の皮膚温をサーモグラフィーで計測。顔面部に繋がる督脈、任脈、衝脈という奇経を用いて顔から離れた手足、腰、首、頭、お腹、胸の経穴に鍼と灸をします。八脈交会穴という手足の経穴に加えて督脈・任脈上の経穴を選択。うつ伏せで10分間鍼を刺入したまま安静と2つの経穴にお灸。その後同じように仰向けでも10分間。その前後で顔の特定部位の皮膚温を計測して比較します。皮膚温を測る部位は今回用いる奇経上にある経穴部分2か所と奇経上にない部分1個所で計測しています。
実験結果は3ヵ所の測定部位全ての皮膚温が鍼灸刺激後に有意に上昇しました。
奇経脈循行経絡治療というそうです。正直なところ私は奇経が得意ではないので理解するのが難しかったです。八脈交会穴は勉強して覚えたものの忘れてしまっていて、卒業論文発表会の度に調べ直しています。実験方法がそのまま臨床で用いられるような選穴。奇経とはこのように考えてこういうやり方をすればいいのかとモデルケースとして参考になりました。
実験プロトコルについては考えさせられるものです。まず被験者が4名と少ないこと。この前の報告でも指摘しましたが無刺激群(コントロール群)はないこと。うつ伏せ・仰向け各10分刺激介入をしたのち5分安静後に測定ということは単純に25分は寝ていた、安静にしていたということ。もしかしたらそれくらい安静にしていたら(室温は26℃の設定という条件を考慮しても)自然と顔面皮膚温は上がるのではないか。そのような指摘を受けると思うので無刺激群との比較はした方が良かったのではないか。
それに対して、鍼灸刺激のやり方は非常に実践的であります。このような実験研究だと経穴1個所で軽い刺激で行うことが多いのですが、そのまま臨床で使えるくらいの鍼灸刺激量です。がっちり鍼を刺して温灸をしている。他の報告では刺激量が足りなかったから結果に有意差が出なかったのではないかという考察がある中、臨床に近いことをやってみて効果を測定しようという研究者の気概を感じました。使う経穴が多くなるほど各被験者に対する刺激量を一定に保つのが困難になるわけです。全員本当にその経穴に同じように刺せたのですか、深さも刺入方向も同じにできたのですか?という指摘があるからです。それでもこの実験プロトコルを選択した姿勢に、臨床に携わる者として素晴らしいことだと思いました。
9.円皮鍼刺激が呼気中アルコール濃度に及ぼす影響に関する研究
アルコールを摂取して豊隆という経穴に円皮鍼で刺激をしたら呼気中アルコール濃度に変化があるのかを実験したものです。被験者17名にアルコール5%飲料を飲んでもらい、飲酒直後、10分後、20分後、30分後の呼気中アルコール濃度を計測します。アルコール摂取するだけの無刺激群と円皮鍼を貼付する刺激群の2回実験を行い、それらの測定結果を比較します。
測定した結果、無刺激群・刺激群どちらも飲酒直後、10分後、20分後、30分後と呼気中アルコール濃度は有意に下がっていきました。しかし無刺激群と刺激群の間には有意差がみられませんでした。
この実験研究もかなり“攻めた”内容だと思いました。発表スライドの実験器具一覧に「キリン一番搾り生ビール350ml」の文字が出たときは衝撃を受けました。そして5分以内に飲み干せなかったものは被験者の除外基準となる。私は酒が飲めない体質なので350mlのビールを5分以上かけても飲めないですし、飲めたとしてもその後一日何もできなくなりそう。よくこの実験をしたなという感想です。そして結果に有意差が出なくてほっとしました。もしも呼気中アルコール濃度は顕著に下がったとしたら飲酒運転時の検問対策に使われそうだと思ったからです。豊隆という経穴はふくらはぎにあり、そこだけに円皮鍼を貼るだけで効果があるなら自動車を運転してきた人がビールを飲んでしまい、警察の取り締まり対策でこれをしておけば大丈夫だろうと。
研究者はアルコール消化に鍼刺激が影響を及ぼすのではないかという考えからこの実験を行ったといいます。二日酔い対策、あるいは消防や警察など緊急事態で迅速にアルコールを抜かなればならない事態があったとしてその一助となるかもしれないなという考えが発表を聴いて私の脳裏によぎりました。また無刺激群も測定しているので何もしなくても呼気中アルコール濃度は経時的に下がっていくことが知れたことが収穫でした。私は酒が弱いので参考になるデータでした。そして無刺激群と比較することで円皮鍼刺激では違いがないと確認していたことが重要で、無刺激群が無かったら円皮鍼刺激により時間と共に呼気中アルコール濃度は有意に低下しました、という結論になってしまうわけです。
飲酒と鍼灸。飲酒後の鍼灸は禁忌ですし、現実に私は飲酒後の患者さんに鍼灸をすることはないですし、やりたくありません。従来、関わることの無い2つを組み合わせた画期的な実験テーマでした。東京医療専門学校教員養成科らしいと思いました。
10.クラフトコーラの摂取が気血津液に及ぼす影響についての中医学的考察(第2報)
昨年の発表に続く実験研究のテーマです。クラフトコーラと言っていますがコカ・コーラやペプシコーラのような清涼飲料水ではなく、桂皮、胡椒、生姜など解表効果・健脾効果(これれは東洋医学の用語です)があるとされるもの独自に配合し炭酸水で割った液体です。これを週3日、約1ヵ月間、被験者に飲んでもらい気血水スコアという質問表で状態を数値化し検討します。昨年の研究は秋・冬に行ったので今回は夏の時期に行ない、夏の不定愁訴を予防する飲料水として活用できないかと研究者は考えました。結果は気血水スコアにおいて「気鬱」という指標が実験前後で有意に下がり、他の「気虚」、「気逆」、「血虚」、「水滞」は差がありませんでした。
この卒業論文発表では数年に渡り受け継がれていく研究テーマが出現することがあります。2年生の発表を1年生が聴き、そこから自らのテーマを決定していきます。研究を聴いた上で次はこのような条件で行ってみようと考えて実行する。それによって2年かけて研究されるようなことがあります。過去にはネパール棒灸の研究やLGBTに関する研究は2年連続で題材にされ、より深く研究されたと思います。本研究もクラフトコーラという新しいテーマに対して続いたものでした。
結果に対しても実験方法についても質疑応答で意見が活発に交わされました。被験者が実験期間中にクラフトコーラに入っている成分を普段から摂っていたらどうするのか、被験者の生活イベント(ストレスがかかかる試験とか)の影響はなかったのか、など。たらればの話を終わった後にしても仕方ないのですが、それが研究というもの。そうやって次の世代により考えられた実験方法が構築するものです。昨年一歩踏み出したテーマを今年もう一歩進めた。それが分かる研究で、この発表を踏まえて更に方法を考慮したやり方で来年同じテーマで発表が聴かれるかもしれません。
11.突発性難聴の耳鳴に対して地五会への治療が有効であった一症例
この発表は症例報告です。実験研究は複数の被験者に対して研究者が設定した条件で何かしらの介入を行いその結果を測定し考察するもの。症例報告は実際に症状がある人へ施術をおこないその経過を報告するものです。実験研究は森の状態を捉えるために木々を観察するイメージだとすると、症例報告は一本(あるいは少数の木々)をじっくりと観察するイメージといえます。突発性難聴は音楽アーティストに比較的多い症例で聴力障害を伴います。その後生じた耳鳴りに対して足の甲にある地五会(ちごえ)という経穴に鍼刺激を行った一症例です。左右の地五会に毫鍼で週一回の15分の置鍼(鍼を刺した状態を一定時間置いておくこと)を全8回と置鍼時以外は地五会に円皮鍼を貼付しました。耳鳴日常支障度(THI)の質問表とコメントで効果を測定します。7回目からTHIが減少し最終回では最初に比べて12点減少し「耳鳴りが気になる頻度が減ってきた」というコメントが得られました。
とても考えさせられる症例報告でした。症例報告は実験ではなく臨床の実際を報告します。生々しいというか。地五会という経穴は鍼灸師だとその特徴が分かると思いますが、手足の末端部にありながら要穴ではない例外のものです。手足の末端から体の中心に向けて井・榮・兪・経・合と重要な経穴が並んでいます。ところが地五会だけは例外で要穴にならず飛ばされているのです。その地五会をなぜ使ったのかは理由があるのですがそれが臨床的なこと。視点が面白いと感じました。またこの患者さんとのやり取りについての質疑応答で、臨床家としての立ち位置が素晴らしいと思いました。ここで書くことではないと判断したので気になる方は完成した論文を読んでもらいたいです。
12.「気」の実体についての考察
この発表は文献調査に該当するものです。既にある先行研究、文献をテーマに沿って調査をし、整理して報告するもの。膨大な資料を読み込まないといけません。発表者は「気」とは何かについて現代科学で研究した報告を調査しています。鍼灸師は学校の東洋医学概論という教科で、気とはこういうものですよ、と習います。人によってはとても立ち止まるところで、ある意味で一方的にこういうものですから覚えましょう、ということがあります。それはどの教科でも最初はそうで、例えば前腕の骨は尺骨と橈骨です、なぜその名前でなぜ2本あるかはいいからまず覚えましょう、覚えてからそのさきに進みましょう、という感じ。しかし実態が掴めない、目に見えない計測できないとされる(中には気が見える、気は測定可能だ、という人もいますが)存在をどう理解するのか悩みがちです。かくいう私も東京理科大応用物理科卒ですから最初に東洋医学概論の教科書を読んだときは戸惑いました。
発表ではこれまでに行われた研究を紹介し、気は意識と同一になる、物理学的に捉えればエネルギーで、意識として捉えれば情報であるとし、波動・粒子でもあるとしています。質疑応答では仮説の域を出ないという回答を発表者がしていました。
気を科学的(特に物理学的に)考察する。物理科卒の私にも重要なテーマです。結局のところ、仮説であるならば様々なことが言えます。現代科学で測定できないということであれば、”科学が未だに追いついてこない”というフレーズが妥当なのでしょう。しかしそれを言ったらそれまでで、分かる範囲で追求していくことが人間の仕事だと考えています。光が波動の振る舞いをするが波の性質に合わないことがあり(光速不変の法則)、光は波動なのか粒子なのか物理学では議論されました。我々東洋医学でいう「気」が一体何者なのか。ブラックボックスとして理屈は判明されないまま、長きにわたって活用してきました。まだまだ続く研究テーマでしょう。
そして、東京医療専門学校校長からの言葉を紹介します。
なぜ卒業研究をして論文提出までするのか。講義を聴いて、レポートを提出するのではいけないのか。それは国家資格持ちの者は生涯研鑽を積む責務があるのではないかということ。皆で日々研鑽を積んでいると示さないといけないし、国民にアピールしていく必要がある。
そのようなお話をしていました。
続いて指導教員の総括も簡単に紹介します。
今回の発表は1年間の努力の結晶である。おめでとうございます。安全性に配慮する実験研究が多かった。より安全で、効果を出したい。そうなると介入する刺激量が少なくなります。実験をして効果が出なかったことが悪いとは考えないこと。この条件下でデータが得られたことに価値があります。そしてデータを自ら創ったことが価値がある。受け身ではなく自発的にしたことに意味があり、知識に重みが生まれる。自分で探す、自分で研究する。この経験が今後、大切になります。
研究することの意義を改めて話をしていました。それは次の世代の1年生に向けたものでもありました。
最後に私自身の感想です。
1年生のときに先輩29期生の発表を聴いて、30期生として自身が発表し同級生の発表を聴きました。今年39期生の発表ですから10年分。10年経てば環境が変わります。当時は存在しなかった計測機器、新しい理論、概念が生まれています。途中、新型コロナウィルスという障壁で実験が思うようにできなかったこともありました。その中でできる研究をしました。幸いにも発表会が中止あるいはリモートになることはなく、会場で発表するというスタイルが続いています。今年も校長から話題がありましたが鍼灸マッサージ専門学校教員養成科の卒業生は全国で40名ほどです。その過半数を東京医療専門学校が占めるわけで、これからの学校教育、また学校以外の教育も担っていく人材を育てていく場です。その本校教員養成科の集大成が卒業研究であり、発表。15分程度の発表に1年間を費やします。その現場にいることは多大な学びと大きな刺激を得るものです。39期の皆様、お疲れ様でした。
また第1回発表会から皆勤賞で出席していた福島哲也先生が昨年末に急死しました。その遺志も次の世代が引き継ぐものだと思いました。
甲野 功
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東京太郎 (土曜日, 11 3月 2023 23:36)
たまたま、読んでしまったのでコメントを残します。
時空間に通るという,プレゼンの説明で、重力子はこの次元より上の次元を通ることができます。気が重力子のような素粒子であれば、この次元より上を通ることができると説明していました。つまり、光速不変の法則では説明できない、量子もつれがおこります。この「不気味な挙動」は、アインシュタイン、「神はさいころを投げない」という宗教的見地からではなく、光よりも速いスピードで起こるものを量子論に含めることへの消極的な見方から、その理論を棄却しました。
貴君が質問に対する上記の説明に沈黙したのはアインシュタインの真似をしたのでしょうか?
最後に、貴君は、仮説だどという回答だけを引き出し着席しました。ここでは、その仮説ということばだけを抜き出し、このコメントを纏めている。バラエティ番組の編集者のようです。
”科学が未だに追いついてこない”、そんあことは分かっているです。その上で書いているのです。そもそも、文系論文であるので、仮説しか書けないのです。書きたい動機があって、仮説に至る理論・先行論文を論理展開が文系論文なのです。一般の大学でもできないのに専門学校で量子の実験ができますか?
意見を書くのは、日記だけにしてはどうでしょうか? それとも、SNSでお友達だけにしてはどうでしょうか? 意見を書くのはだれでもできます。考えるのは勝手です。良いとか参考になる等の発信は内輪だけにしたほうがいいと思います。純粋な読者にバイアスが掛りますので、意見はいりません、真実のみを伝える方がまだましだと思います。