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先日、同業者から現代鍼灸の定義についてどう考えていますか?という質問を受けました。質問をした方はキャリアを重ねた鍼灸師であり学生や新卒ということではありません。知識も経験もあり、現代鍼灸という存在にしっかりと向き合ってきました。現代医学や科学が発展しているなか、改めて現代鍼灸とは何かを考える機会があり、私に意見を求めることになったようです。ということなので基本的な知識はあるし、一般の方に説明するような回答ではなく、より深い専門的な返答をした方がいいだろうとあれこれ考えました。そのときに私が出した考えを、補足情報を入れつつ、書いていきます。
ざっと調べてみたのですが「現代鍼灸の定義」というものは見つかりませんでした。何となく現代医学あるいは現代科学に立脚した鍼灸というイメージでしょうか。そもそもその時代で行っていた鍼灸は全て“その時代における現代鍼灸”だったはずです。「現代鍼灸」という言葉は対比的な意味で用いられていると思われます。
現代鍼灸でない鍼灸は何か。現代鍼灸と対になり逆のものは何でしょうか。それは「伝統鍼灸」といってよいでしょう。鍼灸そのものの行為は今も昔も変わらないと考えてみます。器材としての鍼や灸は変化していますがそれはまた別の話という事で。現代鍼灸を考えるために、伝統鍼灸は何をもって伝統鍼灸なのかを考察してみます。伝統鍼灸は「黄帝内経」をはじめとした鍼灸界にある古典に立脚した鍼灸と大雑把にとらえてみます。中国4千年の歴史、という謳い文句が私が子どもの頃はよくつかわれていました。千年前のオーダーで鍼灸があったのは確かです。現在でもベースの理論として「黄帝内経」や「難経」といった古典に記されていることは残っているのです。
そうなると古典の影響を排除して、現在進行形で判明している自然科学に立脚した鍼灸術が現代鍼灸と定義できるのではないでしょうか。伝統鍼灸と対となる存在として現代鍼灸を考えてみたときに。
ではそれは具体的にどういうことですかと問われると、私は『気の概念を省いたもの』と考えます。
古代(1000年以上前)に比べれば、筋肉や神経・細胞などを観察したときに“客観的な”データが得られるようになっています。数値化できるといいますか。おそらく、現代人が失ってしまった能力や、仙人のような達人によって、『気』や『経絡』といったものが感知されて、その概念が構築され体系化したのではないかと考えています。現代人の多くには見えないが、『気』や『経絡』が機能を伴って存在している。それを鍼灸において活用すると効果が出た。そのような経緯を辿ったのではないでしょうか。
現代鍼灸は、気や経絡の概念を否定するのではなくそれを客観的に解析しようとする姿勢を持ちつつも、万人が納得できる客観性が得られない現状を考慮して、気や経絡の概念を用いず既に評価可能な(数値化、視覚化)できるものを根拠に行う鍼灸術と言えるのではないでしょうか。
どういうことでしょうか。例を挙げます。鍼灸師の常識として、いわゆる腰痛に対して「委中」という膝裏(膝窩中央)にある経穴をよく使います。「委中」は四総穴という有名な経穴の一つで背中・腰の症状に効くとされています。腰や背中と膝裏は離れている、どう関係あるのか?という疑問が持たれるでしょうが、「足太陽膀胱経」という背中や腰、そして殿部を通って下肢後面を繋がる気のルートがあります。「足太陽膀胱経」は腰部、背部を網羅していてそのルート上に多くの経穴があります。「委中」も「足太陽膀胱経」上にあり重要な経穴なのです。遠隔治療などと言われることがありますが、腰痛の患部である腰部から離れた場所を用いて対処することは鍼灸師が持つ特徴的な理論・技術の一つ。それは『気の概念』があり、足太陽膀胱経というものが存在するという前提に立っているからです。
一般的な整形外科医が腰痛を訴えた患者さんを診たら、ほぼ痛みが出る部分に注目し湿布やブロック注射、コルセットなどの固定といったことをするでしょう。まず膝の裏を刺激しようとは考えないはずです。現代鍼灸は別の機序が考えられないならば局所の炎症と考えて、そこに刺激を与えた方がいいと考えて患部に鍼灸を施すと思います。その際に筋肉、筋膜、靭帯、腱、関節、骨そのもの、内臓、神経などの原因組織を考えて行い、経絡や経穴ということはあまり考慮しない。解剖学、生理学、病理学などの現代医学知識で病態を考えて、主に筋骨格系で鍼を刺す、灸をする場所を決めていく。このような対比をすると現代鍼灸の定義がみえてくるのではないでしょうか。
それでは現代鍼灸は経穴や経絡といった『気の概念』を無視するのもの、というのもまた違うと考えています。昔から東洋医学でその存在を認められてきた気や経絡を現代科学で解明できないかという研究は今も継続しています。気を波動、粒子、量子力学など物理学で説明できるのではないかと仮説が立てられ、実験研究が続いています。経絡を神経やアナトミートレイン(筋膜の繋がり)で、邪気を過剰な電磁波で、仮説を立てて説明している場合もあります。しかし、大多数の学者が納得できる報告はされていないのが現状です。誰がみても客観的に評価できる、数値化、画像化できる、という段階にはありません。そのため現時点で客観性が担保されている現代科学で考えて鍼灸を行っている。しかしその研究を放棄しているわけではない。
先ほど挙げた腰痛を例に取ると、坐骨神経痛を考慮し坐骨神経の先にある脛骨神経に刺激を与えることで、間接的に坐骨神経痛を軽減できるのでなかいかと考えて、膝窩中央(「委中」という経穴があるところ。ここは脛骨神経が通っている部位にあたる。)に刺激を与えるという試み。やっていることは経絡・経穴を用いた『気の概念』を活用していることと同じですが、姿勢は現代鍼灸になると思います。
つまり伝統鍼灸では“気とはこういうもの”、“経絡はこのように流れている”と共通認識で設定しており、その存在を疑っていない。そういうものだと理解した上でそれを活用しているもの。現代鍼灸は客観的にその存在を確認できていないので、既にはっきりしている現代科学で分かっていることから鍼灸をしていこうという。ただし気の存在を無視するのではなく研究する姿勢はあるのではないか。
現代鍼灸というか現代科学は気の存在を否定するのではなく、測定しようとしているがそれが叶わないという状況にあると思います。科学において、否定するならば<気は存在しない>ということを科学的に証明しなければなりません。それをすることは実は簡単ではないのです。誰も見たことがないから存在しません、と主張してもそれは証明とはいわないのです。鍼灸を研究する人には、「東洋医学に現代科学が追いついていない」と述べる方がいます。気の存在は間違いなくあるはずだが、それを立証する科学的技術(測定機器など)をまだつくることができない、という意味になります。
まとめると現代鍼灸の定義とは、現代科学に立脚した鍼灸の技術や考え方、というのが大まかな答えになりそうで、かつ伝統鍼灸との大きな違いは『気の存在』との向き合い方にある、というように考えました。
甲野 功
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