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今回の内容はほぼスタンダード専攻のリーダーに限った話になります。
「重心線」というものをご存知でしょうか。人間の重心を通る地面に対する垂線を重心線といいます。話を複雑にしないようにまず条件を立位のみで考えます。
まず(立位での)『重心』とは何かわかるでしょうか?『体重』との違いを説明できるでしょうか?来院する学連選手によく問うのですが、ほとんど説明できた人はいません。厳密に言うとダンスより物理の話に近いのですが、『重心』とは重さの中心という意味なので点です。数学的な概念なのですが、点とは大きさの無い位置を示すもの、0次元です。それはミリやミクロンといった単位でみれば大きさがあると言えますが、重心は体のある1点を示すものです。対して体重は体積(大きさ)があるものと考えます。3次元です。腕も足も頭も体重(重さ)があります。体の各部位に体重があると言えます。
どうして回りくどい話をしているかというとよく「体重が乗っていない」、「体重移動ができていない」、という指摘を学連選手は受けるし、そう後輩に指導しがちです。私もそう言われてきたし、そう言ったことがあります。しかし、この場合の“体重”は実は重心のことを言っていて、それを把握できていないと後輩が混乱するのです。
どういうことでしょうか。
きちんと体重が乗っているという状態は、重心が『支持基底面』の中にあるということ。支持基底面というのは地面に接地しているシューズ(足の裏)面で囲まれる範囲のこと。片足より両足の方が支持基底面は広く、足を広げて立てば支持基底面はもっと広くなります。この支持基底面内に重心が入っていないと人間は立っていられません。運動能力が低下して重心を支持基底面に入れて歩くことができなくなると、杖や歩行器という新たな接地面を作り支持基底面を広くして転倒防止にするのです。
ダンスに話を戻すと、重心で考えずに体重で考えると”重心以外の部分でバランスを取る”と勘違いすることがあります。具体的にどこかというと頭です。頭部はかなりの重量があるので、頭が動くと体重が移動しているように錯覚します。何だったら頭部が支持基底面に入っていれば重心がそこから外れていても立位を保つことはできるのです。頭の重さを足の裏で感じると体重が乗っているように感じます(厳密にいうとこの状態は体重が乗っていると言えます)。しかし、ダンスでこれをすると、「ネックが出ている!」、「へっぴり腰!」、「進んでいない!」という指摘を受けるでしょう。
では『重心』とはどこか。それは骨盤内の仙骨という骨のやや前方とされています。正確な場所は解析しないと判明しませんがだいたい骨盤内だと思っていただけば結構です。競技ダンサーが使う“丹田”の高さで体の奥にあると考えて構いません。ダンサーの丹田は鍼灸師の使う丹田とは若干違います。
話を戻して、この『重心』が通る垂線が『重心線』です。重心が点、すなわち0次元だったのが、重心線は線、すなわち1次元になります。数学的な表現が入るのはご容赦を。点から線に意識を拡大してください。一般的な立位(気を付けの姿勢)では横からみたときに、次に挙げる5つの指標が床から垂直にまっすぐ並んでいるのが重心線と言われています。
①側頭骨乳様突起:耳の後ろにある骨の出っ張り
②肩峰:肩で一番外側にくる骨の出っ張り
③大転子:太ももの外側で足の付け根にある骨の出っ張り
④膝蓋骨後面(膝関節前部):膝のお皿の後ろで、膝関節より前のところ
⑤外果の前方5~6cm:外くるぶしの少し前
これらの指標を通るのが重心線です。もちろん正中(体の真ん中)を通ります。横から見たときの前後の位置がここら辺というわけです。
さてこの重心線ですが、意図的に前に置いておくとスタンダードが踊りやすいという話です。前置きがかなり長くなりましたがここから本題です。
人間の自然な立位は重心を支持基底面のなるべく中心部に置こうとするので(そうすると安定して立っていられるから)、前後でみると土踏まずあたりに重心線がきます。これが、つま先立ち、すなわちダンスでいう(フット)ライズをすると重心線は前方に移動します。つま先立ちになるとシューズの底面が接地している部分が減るので支持基底面が狭くなります。足の母指球や指の方に重心線が移動します。そうしないとライズ状態をキープできません。この前方に移動した重心線の状態で、いつも立つとスタンダードリーダーは踊りやすくなります。
なぜでしょうか。
まずパートナーと組んだとき。“相手に体重を与える”という表現がありますが最初は前の方に重心線を置いて立つものです。一般的な安定した立ち方をすると重心線がパートナーから遠くになります。そうなると物理的な距離ができるので出した足がぶつかりやすくなったり、移動するときのタイミングが遅れたりします。最初はだいたいいい位置関係で組みます。ところが二人でライズをした後、下に降りる(ヒールが下に降りてくる)ときに重心線は立ちやすい後方(支持基底面の中心の方へ)にいきがちです。そうなると最初にいたリーダーが後ろに下がる感覚をパートナーは覚えます。そのときパートナーは若干前に引っ張られる感覚になりバランスを崩しやすくなるのです。
ワルツの足型を習ったとき。ナチュラルターンまではうまくいく。スピンターンになったら急にうまくいかない。シャドーならできても組むと崩壊する。上級生パートナーと踊るとできるのに1年生同士だとできない。こんな経験が最初のステップ講習会であったのではないでしょうか。このときの原因の一つが、ロアーに入ったときに重心線が後ろに移動してパートナーがうまく立っていられない位置に追い込んでしまうこと。上級生パートナーは自分のバランスを確立しているので相手に惑わされずバランスを崩さず動きについてきてもらえる。こういうことです。
重心線をいつも前方に置いておくことのメリットはこれだけではありません。歩くということは支持基底面の外に重心を外すことです。意図的に重心を不安定な場所に出すことで歩行が成立します。ダンスの根っこは歩くことにあるわけですから、踊るとは重心を支持基底面外に出すことと言えます。ですから最初から重心線を前方において支持基底面から外しやすくしておいた方が初動は速くなります。重心すなわち骨盤内部が動くので腰が抜けるということがなくなります。大きく足を出しているのに大きく動いていないように見えるのは重心が移動していないからです。この場合、体そのものは移動しているので“体重”移動はできているのです。
ではこの話はリーダーだけの問題なのでしょうか。パートナーも同じではないか。
確かにパートナーも同じなのですが、ヒールがそれをかなり解消します。パートナーのシューズはヒールがついており、競技会ではかなり高いヒールを履きます。ヒールにより最初から踵が上がった状態なので重心線は自然と前方にあるようになります。多くの場合筋力はリーダーの方があり体格も大きいため、リーダーは重心線が後ろにあっても組んで踊れていまいます。
重心線を前にするコツは、ライズしてからその骨盤から胸の位置で降りるようにすること。ライズが終わってフラットの状態に戻ったときに上体全体が後ろにいかないか。むしろ前方に降りるようなイメージを持つ。カップルで来院した選手だと手のひら同士を合わせた状態で、二人にライズをしてもらい、その後降りてもらいます。多くの場合パートナーの手のひらからリーダーの手が離れるか、パートナーはリーダーの方に倒れてきます。「一度ライズして降りたら最初の位置関係が崩れているよね。これだと踊りづらくなるのは当然だよね」と指摘します。リーダーに重心線を前に保つためには、前脛骨筋という筋肉を使うとかアキレス腱部(足関節)が固いとかメカニズムを説明してそれに対する施術を行うわけです。
単純なことのようですが、重心線を意識して前に置けると、段々線から点の意識に変わります。1次元(線)から0次元(点)へ。そうなると重心の位置だけを意識して、他をより自由に動かせるようになります。様々なスタンダードの表現をするために、しやすいバランスを作る。その作り方が線から点になっていきます。
率直に言えば「バックバランスやめろ」なのですが、それをより理論的に書いてみました。
甲野 功
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