開院時間
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鍼灸マッサージ専門学校の学生さんが来院して施術を受けるだけでなく、卒業後の進路について相談をすることがままあります。特に3年生になると卒業試験や国家試験の勉強が秋以降本格化するため、今の時期が考える余裕があり、かつ焦る時期のようです。私にとっては随分前の出来事になってしまい、また時代背景がかなり変わってしまっているので、自分のときはこうだったと話をしてもあまり有用ではありません。私のときは国家試験が終わったあとに就職活動を開始して、業界雑誌に募集が掲載されていた3ヵ所の職場を訪問、全て合格するも一番将来性を感じたところを選びました。今の学生さんは1年生のうちから卒業後の進路先を模索する人が少なくありません。時代が違う、とはこのことでしょう。
このキャリア、この年齢になって気付くことは、学生さんの多くは人生における戦略と戦術の違いを理解していないな、ということ。違いが理解していないと断言するのはやや問題があるかもしれません。そもそも戦略とか戦術とか考えたことがないこともあるでしょう。経済や経営の情報にアンテナを張るようになると「経営戦略」、「生存戦略」といった用語が目に飛び込んできます。本来、戦略という言葉は戦争の用語です。それを経営に落とし込んでいます。対して「経営戦術」とか「生存戦術」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。私はありません。戦術という言葉自体はマンガや映画で聞いたことがあります。例えば秦の始皇帝が中国を統一するストーリーの「キングダム」に、セリフで戦術という言葉が出てきます。
戦略と戦術。何が違うのでしょうか。ネット辞書の言葉を引用してみましょう。
戦略(strategy):(一般的には)特定の目的を達成するために、長期的視野と複合思考で力や資源を総合的に運用する技術・応用科学。特定の目的達成のために、総合的な調整を通じて力と資源を効果的に運用する技術・理論。
戦術(tactics):作戦・戦闘において任務達成のために部隊・物資を効果的に配置・移動して戦闘力を運用する術。そこから派生して競技や経済・経営、討論・交渉などの競争における戦い方。
どうでしょう。分かったような分からないような。戦という文字から推察できるようにもともと戦争術から生まれた軍事学の専門用語でした。軍事面で考えると、戦略は司令部隊が用いるもので、前線にいる戦闘部隊が戦場で勝つために企てる巨視的な策略。戦略を受けて前線の戦闘部隊が戦闘において運用する実践的な術が戦術です。よって軍事作戦上、戦略の方が戦術よりも上位にくることが一般的です。かのマーケター森岡毅氏は著書の中で戦略はどこに行くか、戦術はどの交通機関を用いるか、という例えをしました。例えば東京にいて大阪に行くという戦略を立てたとします。大阪まで、新幹線で行くのか、飛行機を使うのか、高速夜行バスにするのか、というのが戦術。戦術を間違えて、在来線のみで行くと判断したとしても、非常に時間はかかりますが大阪には着けます。ところがそもそも大阪にいかなければならないのに北海道に進むという誤った戦略を出したとしたら、大阪というゴールにたどり着くのはほぼ不可能。よって戦術よりも戦略の方が重要であるという。
これを企業に置き換えてみましょう。経営陣が今後どのような分野に進出するのか、どういう方向に向かうのか、中長期の計画を立てるなど、抽象度が高い方針を立案することが戦略。それを受けて現場の社員がどのような製品を作るのか、どのような売り方をするのか、短期的に利益を確保するにはどうしたらいいのか、など具体的な施策をするのが戦術です。そうなると戦略を立てるのは経営陣であるので経営戦略という言葉が妥当であるわけです。大企業の社長や取締役が店頭のPOPを考えるかというとそういうことはないわけで。販売の最前線のことをする暇はないでしょう。ですから経営戦術という言葉はしっくりこなくて、単にノウハウとかテクニックという言葉で表せるのではないでしょうか。
我が国は伝統的に戦略面よりも戦術面が優れていたと言えます。戦争の話に戻せば、旧日本軍は陸軍と海軍が仲が悪く別々の方面に侵攻してしまい戦力が分散されたという事実があります。反面、現場の能力が非常に高く東郷平八郎のように常識はずれの作戦で大勝利を修めたという事例があります。経営に目を向ければ本田宗一郎率いるHONDAはアメリカに進出しバイクの性能だけで全米のシェアを奪いました。このときHONDAは特に作戦も持たず、高品質のバイクを作れば売れるだろうという感じでアメリカ進出したそうで、この成功にアメリカ経済界が強い衝撃を受けたそうです。戦略を持たず戦術面だけで大成功をおさめたという事実に。
話を元に戻すと、卒業後の進路について相談をする鍼灸マッサージ専門学校の多くは人生の、生き残るための、戦略を知らないなという感想を持ちます。そこをもっと掘り下げて考えてみると、専門学校が教えるのは戦術であって戦略ではない、という事実があると思いました。
どういうことでしょう。
鍼の刺し方、お灸の据え方、マッサージのやり方。それに付随する衛生面、検査法、病態把握など臨床で使う技術・知識を専門学校は教えてくれます。それは教育課程に組み込まれており、国から指導しなさいという項目だからです。それらの項目をクリアして専門学校が国家試験を受験しても良いという認定を出し、その先に国家試験があります。現在の鍼灸マッサージ国家試験は筆記だけで実技試験はありません。実技面は各専門学校できちんと教えるように、というのが現在の方針です。臨床で必要な技術や知識といったことは戦術に該当します。
ところが、習得した鍼灸、マッサージといった技能を“どのように活かすのか”を専門学校は教えません。その部分が戦略なのです。それは至極当然のことで、鍼灸師やあん摩マッサージ指圧師になることが学生全員にとって共通でも、どのような鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師になるかという将来像は人それぞれ。専門学校が教えられないのです。学生それぞれが決めること。美容一本でいきたい。スポーツ現場で働きたい。病棟勤務を希望する。得た技能をどのように活かすのかは専門学校が指導できることではないのです。戦術面を教えることができても(教えないといけないわけです)、戦略面は教えることができない(それは個人で決めることですから)。
戦略と戦術の違いを明確にできていないことで、学校は経営のことを教えてくれない、学校は役立つことを教えてくれない(国家試験退学ばかり)、と不満をいう。この2つは戦略に関係することで、経営はそのまま、役立つことというのは各々異なるのでまず学生が役に立つことは何かを明確にしないといけません。
ただ私の母校である東京医療専門学校ではこの点についても対応するようになっており、数年前から開業支援というテーマの授業を2年生対象に行っています。卒業後のことを考える授業として各方面から講師を呼んで。開業支援という名目ですが卒業後の可能性や、どのようにキャリアップを計るのかを考えさせる内容になっています。私も昨年この授業の講師を担当し、そのとき授業を受けた学生さんの一人が3年生になり当院に来たのでした。話を聞いているとこのような取組みをしている専門学校はあまりないようで、やはり戦術面だけしか授業で教えていないようです。外部実習で現場に行ってそこで見学して学ぶようにという感じです。
個別で相談を受けたときは、戦略と戦術の違いを話し、悩んでいるのはどちらのことなのかを明確にするようにしています。
甲野 功
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