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私が鍼灸マッサージ専門学校、すなわち東京医療専門学校鍼灸マッサージ科に入学したのが平成16年(2004年)のことでした。入学が決まった前年の10月から入学金や一部授業料等の支払いで、まとまった金額を振り込んだ記憶があります。卒業して10年以上経った今はこのとき3年間かかった学費等は十分回収できているですが、当時はかなり賭けだったと感じました。決して安い金額ではありません。絶対に稼げるように(学費分を回収できるようには)ならなければと気を引き締めました。
その当時は知る由もありませんでしたが、私が在学中にある鍼灸マッサージ専門学校の学費等に関する裁判が行われていて、最高裁判所まで審議されたことがありました。
それが通称「鍼灸専門学校学納金返還請求事件」です。鍼灸マッサージ専門学校関連の裁判自体が珍しいと思いますが、加えて最高裁までいくというのは稀有な事例です。どのようなものだったのでしょうか。
『
事件番号:平成17(受)1762
事件名:学納金返還請求事件
裁判年月日:平成18年12月22日
法廷名:最高裁判所第二小法廷
裁判種別:判決
結果:その他
判例集等巻・号・頁:集民 第222号721頁
原審裁判所名:名古屋高等裁判所
原審事件番号:平成16(ネ)945
原審裁判年月日:平成17年6月14日
判示事項:
いわゆる鍼灸学校の入学試験に合格し当該鍼灸学校との間で納付済みの授業料等を返還しない旨の特約の付された在学契約を締結した者が入学年度の始まる数日前に同契約を解除した場合において同特約が消費者契約法9条1号により無効とされた事例
裁判要旨:
いわゆる鍼灸学校の平成14年度の入学試験に合格し、当該鍼灸学校との間で,納付済みの授業料等を返還しない旨の特約の付された在学契約を締結した者が、入学年度の始まる前の平成14年3月27日ころに同契約を解除した場合において、(1)一般に鍼灸学校の入学試験の受験者において、他の鍼灸学校や大学、専修学校を併願受験することが想定されていないとはいえず、鍼灸学校の入学試験に関する実情が、大学のそれと格段に異なるというべき事情までは見いだし難いこと、(2)鍼灸学校が大学の場合と比較してより早期に入学者を確定しなければならない特段の事情があることはうかがわれないこと、(3)当該鍼灸学校においても、入学試験に合格しても入学しない者があることを見込んで補欠者を定めている上、定員割れが生ずることを回避するため入学定員を若干上回る数の者を合格させていることなど判示の事情の下では、当時当該鍼灸学校の周辺地域に同種の学校等が少なかったことや、これまで当該鍼灸学校において入学手続後に入学辞退をした者がいなかったことなどを考慮しても、当該鍼灸学校に生ずべき消費者契約法9条1号所定の平均的な損害は存しないものとして、上記特約は、同号により全部無効である。
参照法条:消費者契約法9条,民法420条,学校教育法6条,学校教育法83条,あん摩マツサージ指圧師,はり師,きゆう師等に関する法律2条1項
』
どのようなものが解説します。詳しくは判決文全文を参照してください。
状況としては訴えを起こした人(以後、「上告人」と表記)は、ある鍼灸マッサージ専門学校(以後、「専門学校」と表記)の平成14年(2002年)度入学に向けた入試に合格しました。そこで平成14年2月6日までに専門学校に入学金70万円、授業料等110万円(授業料60万円、設備費50万円)、寄付金30万円の合計210万円を納入します。なお授業料は初年度分、設備費は入学時のみかかる費用です。
専門学校の学生募集要項には、入学手続の際に納入した学費は理由のいかんに関わらず返還しない旨が記載されていました。上告人と専門学校の間に納入した学費は返還されないという合意がなされました。専門学校側は新年度入学者のために制服を用意するなどの準備をしていました。
ところが、上告人はその後妊娠していることが判明したため、専門学校の入学を取り止めることにし、平成14年3月27日までに入学辞退の意向を専門学校へ示します。そして上告人は納入した入学金他合計210万円の返金を専門学校側に求め、専門学校側はそれを受け付けませんでした。そこから裁判になりました。
上告人の状況としては、妊娠という不可抗力によって進学を諦めざるおえないことになり、進学しないのに210万円が返金されないというのは納得いかないでしょう。専門学校側からすれば、いなかなる理由があっても納入した学費等は返金しないと募集要項にあり、上告人はそれに同意しているのだから返金する必要はないというところ。
裁判の第1審では寄付金30万円の返金を認めて、それ以外の返金請求は棄却しました。上告人は第1審判決を不服とし控訴します。第2審でも入学金(70万円)、授業料等(110万円)の返金請求を棄却すべきものと判決を出しました。つまり上告人が納入した210万円のうち、寄付金分の30万円だけが返金されるということです(※遅延損害金や訴訟費用などの金額は省いています。ポイントとなる金額だけに注目しています)。
第2審で高等裁判所が判断した根拠をみていきましょう。
入学金(70万円)は専門学校に入学し得る“地位”及び専門学校が行う“入学準備行為の対価”としての性質があります。したがって、(新年度から)入学するという契約が成立したことで、上告人は専門学校に入学しできる地位を受けとりました。専門学校は上告人が入学を辞退するまでが解除されるまで受け入れるための具体的な準備活動(制服の用意など)を行っていました。つまり上告人は専門学校から入学金(70万円)と対価となる利益を既に得ています(たとえその後入学したいう実績が無くとも)。よって、上告人は入学金(70万円)の返金を求めることはできない。
授業料等(110万円)(※内訳は授業料60万円、設備費50万円)は上告人が専門学校に入学後に受けるはずの教育役務等への対価としてのもの。入学を辞退したので授業料等(110万円)は本来なら返金されるべきものである。しかし上告人と専門学校の間には納入した学費は返金しないという特約が結ばれているのでその義務はない。専門学校はその鍼灸マッサージ専門学校という特性上、受験合格者が入学しないということはまず想定されず、大学受験のように滑り止めとして受験するということは考えにくい。専門学校は制服や実習衣などの準備も考えて2月末には生徒受け入れ準備を始めなければならず、返金しないという特約は消費者契約法9条1号の「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」に当たるといえる。よってこの特約は有効であるから、授業料等(110万円)についても返金請求は認められない。
この第2審の判断に対して第3審である最高裁は判断を覆します。
上告人が入学金(70万円)の返金を求めることができないという点は同じ判断である。しかし授業料等(110万円)についてはそうではない。その理由として、専門学校が大学と異なることはないということ。鍼灸マッサージ専門学校の入学要項は大学入学と同じである(高校を卒業している、それに準ずる学力を有した18歳以上で、大学受験資格を有する者)。専門学校が大学より早期に入学者を確定しなければならない事情があるとは言えない。この専門学校は入学辞退者合格を見込んで補欠合格者を定めているし、定員割を回避するため入学定員を若干上回る数の合格者を出している。そうなると大学での判例(最高裁平成17年(受)第1158号、第1159号同18年11月27日第二小法廷判決・裁判所時報1424号11頁等)が適応されるであろう。これまでこの専門学校で入学手続後に入学辞退をした者がいなかったことなどを考慮したとしても、専門学校に消費者契約法9条1号所定の平均的な損害は存在しないものとして、一度納入した学費等はいなかる理由があっても返金しないという特約は無効である。よって専門学校は入学金(70万円)を除く授業料等(110万)は返金に応じなければならない。
最高裁の判決は上告人が納入した210万円のうち、入学金(70万円)を除いた、寄付金(30万円)と今期授業料(60万円)と設備費(50万円)を合わせた140万円を専門学校は上告人に返金するよう命じました(その他に訴訟費用の一部や民法所定の遅延損害金らの支払いも命じました)。
この最高裁判決のポイントは鍼灸マッサージ専門学校が大学と同じものとして扱われるという点だったと思われます。大学の場合、複数校を受験することが多く、たとえ合格しても入学を辞退することが想定できます。滑り止めとして合格して入学手続きをしたとしても、志望順位が高い大学に受かればそちらに入学するもの。件の鍼灸マッサージ専門学校は(まだ晴眼者向けの鍼灸マッサージ専門学校が全国に無かった時代ではありますが)入学が決まったら必ず入学することが当然であったため、学費等を返金するという考えが無かったのだと判決文から読み取れます。
入学金、入学後に受ける予定の授業料、学校を使用する設備費、学校への寄付。これらの意味を改めて整理した判断された判決です。
最高裁まで争われたこの判例は鍼灸マッサージ専門学校専門学校にとどまらず学校全般における一度納入した学費等の返還事例として残っているようです。
甲野 功
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