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かつて柔道整復師がレントゲン撮影を行っていたという時代があったと、柔道整復専門学校時代に聞いたことがあります。戦後、整形外科医や病院・クリニックが足りなかった頃までは柔道整復師が骨折や脱臼の処置のためにレントゲン撮影をしていたと。現在はそのようなことはあり得ません。明確な違法行為であります。そのことを決定づける裁判が昭和の終わりから平成のはじめにありました。最高裁までいった判例です。この裁判の記録をみると、被告人である柔道整復師の主張が現在の感覚とはずいぶんとかけ離れていることがみてとれます。30年以上前の裁判ですが振り返ってみます。
まずは公式記録として情報は以下の通り。
『
事件番号:昭和62(あ)451
事件名:医師法違反、診療放射線技師及び診療エックス線技師法違反
裁判年月日:平成3年2月15日
法廷名:最高裁判所第一小法廷
裁判種別:決定
結果:棄却
判例集等巻・号・頁:刑集 第45巻2号32頁
原審裁判所名:東京高等裁判所
』
事件名からわかる通り、医師法違反・診療放射線技師法(診療エックス線技師法)違反に問われています。どのような事件だったかは東京大学のスライドに簡潔に書かれているのでそちらから文章を引用しましょう。
<東京大学 東京大学の正規講義の講義資料 2010年度医事法>
https://ocw.u-tokyo.ac.jp/.../4/notes/ja/20100427_ijihou.pdf
こちらは医事法の講義資料となっております。その中で取り上げられた事件の7番目として『柔道整復師のX線照射事件』があります。事件の経緯として
『
柔道整復師の被告人はX線技師の免許も医師の指示もなしに、昭和57年から翌年にかけ、延べ624回にわたりX線を照射し、読影して骨折の有無等を診断したため医師法違反と(現在名では)診療放射線技師法違反(以下技師法と略す)で起訴された。
』
とあります。
状況を箇条書きにすると
①被告人は柔道整復師である
②被告人は“X線技師の免許も医師の指示もなしに”、延べ624回にわたり“X線を照射した”
③被告人は読影して骨折の有無等を診断した
④被告人は医師法違反、診療放射線技師法違反で起訴された
まず①が前提条件として被告人が柔道整復師であります。すなわち医師でも診療放射線技師でもありません。次に②が起訴される内容の一つとして、診療放射線技師免許がなく、かつ医師の指示もなく、X線を照射しました。ここでは3つポイントがあります。それは後述します。③はもう一つの起訴される内容として、骨折の有無等を診断した、というもの。これもポイントを後述します。その結果として④の、起訴された、となります。
ここで診療放射線技師法について説明します。診療放射線技師法は、制定時には診療エツクス線技師法(法律では小さいツをそのまま表記する)といい、診療放射線技師全般の職務・資格などに関して規定した法律です。では放射線とは何かというと、診療放射線技師法第二条にある通りです。
『
第二条 この法律で「放射線」とは、次に掲げる電磁波又は粒子線をいう。
一 アルファ線及びベータ線
二 ガンマ線
三 百万電子ボルト以上のエネルギーを有する電子線
四 エックス線
五 その他政令で定める電磁波又は粒子線
』
物理分野の話で細かいですが、人体に照射する電磁波、粒子線の総称だと考えてもらっていいでしょう。一番馴染みがあるのはレントゲン撮影でしょう。レントゲン撮影は人体に放射線を浴びせて骨などを撮影しますね。そして診療放射線技師とは何かというと、同じく診療放射線技師法第二条の2に定義があります。
『
2 この法律で「診療放射線技師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、医師又は歯科医師の指示の下に、放射線の人体に対する照射(撮影を含み、照射機器を人体内に挿入して行うものを除く。以下同じ。)をすることを業とする者をいう。
』
まず国家資格(厚生労働大臣)の免許が必要であること。そして医師又は歯科医師の指示の下という条件下で行う。自己判断で勝手に行ってはいけません。何をするかというと、人体に放射線を照射することを業とする。業とは反復継続の意志を持って行うことで、練習や特別にそのときだけ行いました、ということではなく繰り返し行う意志を伴って行っていることです。人体に放射線を照射することを業とするには、当然(厚生労働大臣の)免許が必要であります。それが診療放射線技師法第二十四条に規定されています。
『
第二十四条 医師、歯科医師又は診療放射線技師でなければ、第二条第二項に規定する業をしてはならない。
』
そしてもう一つ、医師法違反もあります。医師法はもちろん医師について規定した法律です。その第17条に『医師でなければ医業をしてはならない』という項目があります。ニセ医者による医行為は禁止ということです。これは当然で医師ではない者が勝手に他人に医行為をしたら大変です。素人が手術したらダメですよね。医業とは医行為を業とすることです。その医行為の中に診断が含まれています。医者ではない素人が他人をあなたは○○という病気だ、と診断してはいけないのです。
色々と面倒ですが診療放射線技師法と医師法を踏まえた上で箇条書きにした①~④を改めてみてみましょう。
①被告人は柔道整復師である
→診療放射線技師免許も医師免許も持っていない
②被告人は“X線技師の免許も医師の指示もなしに”、延べ624回にわたり“X線を照射した”
→診療放射線技師でもないのに人体にX線を照射した。それも600回という、反復継続の意志があるとわかる回数(=X線照射を業とした)。更に例え診療放射線技師であっても医師の指示がないのにX線を照射することは違法行為になります。
③被告人は読影して骨折の有無等を診断した
→レントゲン画像から診断することは医師法違反になります。診断=医行為。それも複数回に及び、業として診断行為をしています。
④被告人は医師法違反、診療放射線技師法違反で起訴された
→診断したことにより診療放射線技師法違反だけなく、医師法違反にも問われました。なお医師法違反の方が罪は重くなります。
このようにみると常識的な判断で起訴が行われているように思えます。それに対し被告人である柔道整復師はどのような主張をしたのでしょうか。詳しいことが最高裁判決文全文にあります。
<最高裁判所第一小法廷 昭和62年(あ)451号 決定 判決文全文>
被告人の上告趣意は以下の通りです。
①「接骨」は医業である
被告人は、柔道整復業は医業に含まれ、医業の一部であると主張しています。
②柔道整復師法は医師法の特別法である。
昭和25年2月16日医収第97号 山形県知事あて、厚生省医務局長回答を根拠にこのように主張しています。
③「診断」は柔道整復師の義務である。
これまでの主張のように柔道整復業は医業であり、柔道整復師が治療の目的達成の為には必要な診断をなすべき義務があり、診断をしたことは医師法第17条違反には当らないと主張しています。
④「診断」は柔道整復師の業務の範囲に属する。
被告人はこれまでの主張と同様に診断は柔道整復師の業務範囲であると主張しています。
⑤X線写真による診断は適法である。
⑥X線写真の読影は罪とならない。
繰り返し被告人はX線写真を用いた読影、診断は罪にならないと主張しています。
いかかでしょうか。柔道整復師の行うことは医業であり、X線照射も読影による診察も合法であるという主張です。これに対して最高裁の判決はどうなったのか。判決文を抜粋します。
『
主文
本件上告を棄却する。
理由
被告人本人の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例はいずれも事案を異にして本件に適切でないから、所論は前提を欠き、その余は、憲法25条違反をいう点を含め、実質において単なる法令違反の主張であって、すべて刑訴法405条の上告理由に当たらない。
』
引用した判例はいずれも事案を異にして適切ではなく、前提を欠き、単なる法令違反の主張であって上告理由にあたらないと、取り合っていない感じです。一審、二審の情報が手に入らないので再び東京大学医事法講義の資料から解説をみていきましょう。
本件の争点として、
1.X線照射は技師法違反のみでなく医師法違反にもなるのか?
2.診療放射線技師法で定義する業とは①「放射線を人体に対して照射」する業を指すのか、②「医師又は歯科医師の指示の下に、放射線を人体に対して照射」する業を指すのか。①だとすると被告人は放射線を人体に対して照射している以上、診療放射線技師法師法違反となり、②だとすると被告人は医師又は歯科医師の指示を受けていない以上、罪が軽い診療放射線技師法ではなく、より罪が重い医師法で裁かれることなる。
という2点でした。
地裁はX線を放射した行為に対して、診療放射線技師法技師法及び医師法に反するとした。これは②の説を採用しています。地裁は、X線照射は診断のために必要であるので診療放射線技師法に反しない、という被告人の主張に対してして、この法は“X線を照射した者を一律に取り締まるもの”であるとして主張を退けます。そして、柔道整復師にも医業を行うことが許されていて、柔道整復のためであるなら医師法に反しないという被告人の主張に対しては、医師と柔道整復師では専門的知識の程度に差があるとして、こちらの主張も退けました。さらに、柔道整復の施術に必要であるからX線照射は社会的相当性があるという被告人の主張に対しても、患者に医師の診察を受けさせたり被告人自身が放射線技師の資格を取得したりすることで対処できる、としてやはり主張を退けました。つまり被告人の主張は全て退けたことになります。
これに対し最高裁は、“X線照射”は診療放射線技師法技師法に反するが医師法には反しないと判断しました。これは①説を採用しています。よって地裁の判断は修正されるべきだとします。しかし、“X線写真を読影した行為(=診断した)”は医師法に反するので、結局は地裁の判決のままだとしたのです。
細かいところ(診療エックス線技師法が診療放射線技師法に変わったことや具体的に第何条違反かにあたるかなどの点)は省略しましたが大筋はそのままのはずです。
この最高裁判決言えることは、柔道整復師である被告人が柔道整復は医業であること、柔道整復のためにX線照射することも読影して診断することも違法に当たらないということ、という主張を全て退けているということです。柔道整復は医業ではないし、柔道整復師がX線照射を行うことは違法であり(診療放射線技師法違反)、診断をすることも違法である(医師法違反)ということがはっきりした裁判といえるのではないでしょうか。未だに柔道整復師にX線照射をさせようという動きが一部であるようですが、最高裁の判決を無視するのでしょうか。また柔道整復師のやることは医業であるという主張する人がいますが、この最高裁判決をどう捉えているのでしょうか。
甲野 功
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