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身体に刺入する鍼(はり)を毫鍼(ごうしん)といいます。刺入しない鍼もあるのか?と言われると、ありますという答え。ですから普通は鍼といったら毫鍼なのですがそうではない鍼の種類もあるので毫鍼だとことわっておきます。毫鍼を身体に刺すことが鍼灸師(正確にははり師)のベーシックで重要な業務だと思います。医師、歯科医師、看護師といった職種を除くと他人の体に鍼を刺すようなことをするのは鍼灸師くらいでしょう(医療現場の注射針と毫鍼は根本的に違いますが)。鍼灸専門学校に入学してはり実技で特に練習することは毫鍼の刺入。これができないと話になりません。毫鍼の刺入練習は最初に練習台を用いて行い、そのうち自分の脛(すね)に刺すという順序が多いと思います。私の場合、鍼を刺すのも刺されるのも大っ嫌いでしたから自分の足三里という経穴に毫鍼を刺すのは非常に勇気がいり、かつ凄く嫌でした。もう20年前のことです。
さて今回は毫鍼の刺入方法で基本的な技術について紹介します。それは横刺(おうし)です。
まず毫鍼を体表面に対して垂直に刺す方法を直刺(ちょくし)といいます。これが基本の刺し方です。人の身体は完全な平面という場所は存在しません。多かれ少なかれ凹凸があります。刺す経穴を定めたらその点に対して垂直に毫鍼を刺す。これが直刺です。床やベッドからみて垂直ではありません。面(体表面)、点(経穴)から垂直です。この感覚は数学をしていたので非常に馴染みがあります。2次元の平面に対して点を定めてその点を通る垂直線を規定すると直線が決定します。平面に対して垂直な線というものがあり、どこを通るか決めることで無数にある直線が一つに定まるのです。文章にすると意味が分からないかもしれませんがだいたい高校で習う数学で習う内容で試験問題に出るものです。さらに3次元の凹凸がある物体においてもある一点に対して垂直に接する平面が規定されます。例えばまん丸のボールなり積み木なりがあったとして机の上に置けば静止します。このときボールと机の接地部分が接している一点で机の表面が接している面となります。平面が規定されれば直線が規定されます。よって凹凸のある体表面においてもある一点を決めればそこに垂直に通る直線が決定します。
数学的な考えをすると、大きさ形がある体は3次元、体表面は2次元、体表面にある一点は0次元、体表面に垂直な線は1次元となります。鍼灸で置き換えると刺す一点すなわち経穴が0次元、刺入する毫鍼が1次元、気の流れる道とされる経絡が1次元、体表面が2次元、身体が3次元となります。私はこのような数学的な概念を鍼灸に応用して考えています。そして直刺というのは経穴の位置に体表面に垂直に毫鍼を刺すことです。位置によって直刺をするための毫鍼の方向が変わります。それをどんな部位でもできるようにする練習をするのです。
直刺がベースで斜めに刺すことを斜刺(しゃし)といいます。斜刺は体表面に対して斜めの角度に毫鍼を刺します。直刺が体表面に直角(90°)だとすると斜刺は45°くらい。斜めです。ただ直刺は厳密に90°にならずとも70~90°くらいなら直刺とみなすといいます。状況によってはやや斜めになると。斜刺は明確に直刺よりも斜めに刺すということでもあります。意図せず直刺のはずが斜めに刺さってしまうということがあり、練習し始めのうちはよく起きます。反対にしっかりと斜めに刺入することは直刺よりも技術的に難しくなります。斜刺にするのは皮下に重要な器官があり毫鍼で刺してはいけないときによく用いられます。鍼灸師で最も注意することが刺鍼による外傷性気胸。毫鍼が肺を損傷して気胸を起すことです。過去に死亡例もあり絶対に警戒しないといけません。背中や鎖骨の上で毫鍼を刺入するときは要注意です。背中、特に肩甲間部(肩甲骨の間)では鍼先が肺に到達しないように浅く刺すか斜刺にして肺に近づかないように考慮するのです。
斜刺以上に斜めに刺すのが横刺。今回の本題です。別名として地平刺、水平刺ともいいます。名前の通り毫鍼が横あるいは水平に傾いています。具体的には体表面から15°くらいです。完全に面に平行にすることはほぼ不可能なので可能な限り横向きに刺すという状態です。技術的に直刺、斜刺よりも難しいです。あまりに体表面ぎりぎりで平行に刺そうとすると突き抜けてしまうおそれがあります。またある程度太い毫鍼でないとたわんでしまって横に鍼体が進みません。細いものでもできなくはないのですが難易度が上がります。
横刺で忘れられないのが鍼灸マッサージ教員養成科の授業で行った内容。5寸(約15cm)もある太い中国鍼を背中の脊柱起立筋という筋肉に沿わせて刺すのです。脊柱起立筋はいわゆる背筋で背骨の外側にあります。ここに直刺で15cmも刺せば確実に肺に穴があくでしょう。それを横刺で脊柱起立筋を這うように刺入するのです。細いと鍼先が肺に行く可能性があります。太くてそのたわむ状況を利用して表面に刺していくのです。これはなかなか練習できない内容でした。私は臨床でこのような刺し方をしたことはありませんが、技術として知っておいたことで役立っています。
では私はどのような場面で横刺を用いるのか。それは頭部の刺鍼のときです。側頭部、頭頂部に鍼を刺す必要に迫られることがあります。頭部は皮下がすぐに頭蓋骨があります。直刺でしても数mmしか刺さりません。反対に刺さるのであれば大脳に到達してしまうので大問題です。赤ちゃんや乳幼児は大泉門・小泉門といって頭蓋骨に隙間があります。成長と共に閉じるのですが。そのため赤ちゃんの頭部に鍼を刺すのは絶対にやってはいけません(そもそも頭部以外にも赤ちゃんに毫鍼を刺すようなことはしません)。成人の場合に話を戻して、頭部の経穴に深く毫鍼をしたいときに用いるのが横刺です。というより横刺にしないと鍼先が進みません。直刺より横刺の方が深く刺さるので刺激量が大きくなります。頭部の場合は深いというよりも鍼先が長く体内に入るという表現が正確でしょう。刺激量を上げたいときに横刺を選択するのです。現実に頭部の横刺を必要とする状況があるのです。
学生時代ははり実技に力を入れていませんでした。直刺ができれば事足りるでしょう。横刺などやることはないだろうと舐めていました。現場に出て、教員養成科で学んで、基本的な刺入技術を見直したことで今役に立っています。それは私にとって役に立っているのではなく患者さんにとって役に立っているのです。術者として基本は大切しないといけないと自分を戒めています。
甲野 功
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