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先日医学雑誌を購入しました。「臨床スポーツ医学」。特集が<審美系アスリート・アーティスとのための医科学>です。
臨床スポーツ医学(文光堂)
第41巻第2号 特集 審美系アスリート・アーティスとのための医科学
特別編集 熊井司
この医学雑誌は
『スポーツ医療に従事する医師や理学療法士、アスレティックトレーナー、スポーツ指導者、スポーツ医科学研究者などを対象にしたスポーツ医学専門誌。スポーツの大衆化に伴い多様化・頻発化・重症化したスポーツ外傷・障害の予防と治療、競技力向上、健康づくりや生活習慣病の予防など、話題のテーマを毎号特集。』
とホームページに説明されています。
購入したのは竹島憲一郎先生の寄稿<必要とされる身体特性と障害メカニズム 競技ダンス・ブレイキン>が掲載されているからです。著者の竹島憲一郎先生は国際医療福祉大学医学部整形外科学、国際医療福祉大学成田病院、国際医療福祉大学三田病院に勤めております。バレエを中心にダンサーの外傷を扱ってきた整形外科医です。
なにより慶應義塾大学で学生競技ダンスをしていた方で私は先生の現役学生競技ダンス選手時代のことをよく覚えています。同じモダン(スタンダード)専攻の選手で、世代は違いましたがトップ選手でしからチェックしていました。私の母校東京理科大の後輩たちが立ち向かう壁という感じで。お世辞抜きで竹島先生は強くて東京六大戦、東部日本戦で優勝、全日本選抜(夏全)5位、全日本戦(冬全)3位という成績を残していました。時間が経ち、私は柔道整復師として新宿区内の整形外科クリニックに勤めていたときに学連卒の整形外科医という竹島先生とSNSで面識を持ちました。今回の「臨床スポーツ医学」も竹島先生がSNSで情報発信をしていたことから知り、新宿の書店まで行って購入したのでした。
今号にはバレエ、フィギアスケート、アーティスティックスイミング、ブレイキンらとともに競技ダンスについて書かれています。競技ダンス(とブレイキン)について執筆しているのがもちろん竹島先生というわけで。スポーツ医学の分野で競技ダンスが取り上げられることは非常に珍しいことです。2004年に鍼灸マッサージ専門学校に入学して医療系の勉強を本格的に始めましたが、スポーツ医学分野において競技ダンスに関する資料や文献は皆無でした。鍼灸、マッサージにしても同様。ダンス系はほとんどバレエを題材にした研究や症例報告、論文ばかりでした。貴重な情報だと思い発売日に手をとったのでした。
お目当ての竹島先生の記事以外も大変勉強になるものでした。ですがやはり目的だった竹島先生の文章は参考なる情報、そして改めて考えを深くさせるものでした。
競技ダンスはスポーツか芸術か?
この命題がずっとありました。社交ダンスという文字通り西洋の社交界で行われてきたもの。日本でも明治の文明開化で踊られるようになりました。ある意味江戸時代が終わり海外と交流が始まり近代化の象徴ともいえるもの。その社交ダンスを競技として行い優劣をつける。それが競技ダンスです。私は大学で学生競技ダンス連盟(通称、学連)の世界を知りました。そこは最初から最後まで競技として社交ダンスをする世界。競技会を試合と呼び、結果を勝つ負けると表現します。東京理科大だと入部した年の5月にデビュー戦に臨み競技の厳しさを知ります。その学連において、競技であるがやっていることは芸術である、という考えがありました。少なくとも私が現役時代の頃は。他大学でトップ選手の先輩は、競技ダンスはラジオ体操でないのだから何かを表現しなければならない、とおっしゃっていました。ジャッジという人間が主観で採点する競技であり芸術性を競うものであると習いました。当時はアマチュアダンスの団体は日本アマチュアダンス協会(JADA)でした。
私が学連を卒部するころにダンススポーツという概念が広まっていきます。1999年に日本ダンススポーツ連盟(JDSF)が設立されます。DSはダンススポーツの略です。どこか中高年のたしなみというイメージを払拭しスポーツとして行うという考えだと思います。それから競技ダンスはスポーツなのか芸術なのかという議論が噴出してきたと思います。私が学連時代に習ったものと異なった表現方法がダンススポーツとしてでてきた気がします。専攻のモダン(今はスタンダード)種目ではより女性も男性も上体を反らせていくようになります。芸術性がない、曲芸のようだと非難の声が挙がったこともありました。世界のダンス団体はWDCとWDSFの二派に分かれる形に。日本最大のプロ団体が分裂しかけるような状況もありました。オリンピック種目採用をスローガンにしたダンススポーツの流れは東京オリンピック2020の採用が叶わず、同じダンススポーツのジャンルとして出たブレイキン(旧名称、ブレイクダンス)が今年のパリオリンピック採用になりました。
個人的な感情としては全力で打ち込んだ学連時代の体験が強いので競技ダンスは芸術であるという立場を取りたいところ。ただ時代は進んでいますし学連の競技会は勝負の世界でしたら実質スポーツとして取り組んでいました。仕事としてもダンススポーツとしての競技ダンスに向き合う必要があり、独自に研究してきました。スポーツとして割り切ったときに身体機能面の考察やスポーツ障害を考慮する段階に至ります。私がこの仕事をしたいと専門学校に入学した頃、競技ダンスは他のスポーツに比べて圧倒的にスポーツ障害が少ないジャンルでした。コンタクトスポーツと言われる例えばアメリカンフットボールや柔道などに比べればその数は微々たるもの。他の競技に比べてスポーツ障害に関する資料は皆無。テニス肘と野球肘といった競技特有の障害に競技名がつく、そのようなことはありません。データが無かったのでしょう。競技選手あるあるのようなタンゴ膝のようなマイナーな用語はあったのかもしれませんが。それがスポーツに分類されることで研究対象になるという側面があります。ましてオリンピック種目採用を目指すとなればそういった調査や研究も進むことでしょう。今回の竹島先生の寄稿はプレイヤーでありながら整形外科医としてスポーツ外傷に向き合った立場でのもの。医療者であり研究者。その内容は客観性を持ち学術的です。このようなまとまった文献を拝見したのは初めてでした。
そこには他ジャンルの医療関係者にも分かるように競技ダンスの説明をしています。医学雑誌であるので表現は専門的。スタンダードの基本ホールドというものを解剖学的な表現で説明しています。『男性は肩甲骨をやや外転させた状態で肩関節を90°外転し、左肘関節は90°程度屈曲し自身の視線の高さで女性の右手をつかむ』といったように。このような表現は竹島先生の学連時代のコーチャーにあたる三輪嘉広先生も著書で似た表記をしていたことが思い出されました。そして海外の文献を紹介し具体的な事例や数字を提示しています。医学雑誌なので引用文献の一覧が巻末にまとめて掲載されています。元文献も読みました(英語なので私の英語力では苦労しました)。スポーツ障害の発生率は想像より高かったです。使いすぎによる慢性的な障害だけでなく瞬発的な外傷によるスポーツ傷害があることも知りました。発生器所を慢性的な障害(overuse)と接触などによる外傷(trauma)に分類している点も学術的で、その後の対応が違います。私の立場でいうと慢性的な障害(オーバーユース)にはあん摩マッサージ指圧、鍼灸の技術が有効で、接触などによる外傷(トラウマ)への応急処置は柔道整復師の知識・技術・免許が必要です。発生好発部位は想像通りで私のこれまでの経験と一致していました。スタンダード選手はラテン選手に比べて脊椎の障害が多いことが報告されており、私の体感と一致しておりますがきちんと調査された資料があるのでは信頼が違います。そして競技会中の持久力にも注目しており心拍数や最大酸素摂取量の割合、消費量の具体的数値を述べています。興味深いのは男性選手の心拍数においてスタンダード種目の方がラテンアメリカン種目より回数が多いこと。女性選手でみるとスタンダード種目よりラテンアメリカン種目の方が心拍数は多いのです。逆転するところが種目特性に現れます。酸素消費量についてみると男性選手ではスタンダード、ラテンアメリカンともに同じ数値でありました。感覚的にラテンアメリカンの方が消費している感覚でしたが同じという。対して女性選手ではラテンアメリカンの方が消費量が多いのです。こちらは納得できます。そしてこの数字はバスケットボールやクロスカントリーとほぼ同等だといいます。競技ダンスはフロアーで踊る時間が長くても2分くらいであるので気付きませんが想像以上にエネルギーを消費するものなのです。このようなデータを私は見たことが無かったので非常に勉強になりました。これらのデータは海外のものですが、JDSF(日本ダンススポーツ連盟)が医務対応を行った集計によれば、2017年~2023年の588競技会において医務担当が対応した件数は173件であり、多くは擦過傷などの軽微な外傷であったが、中には転倒による骨折や心肺停止といった重篤な傷害があったといいます。国内でもきちんとデータを蓄積していき、研究する段階にきていると思われます。
今回、ダンススポーツとして競技ダンスをとらえた際にスポーツ医学という視点が生じることが明確になりました。スポーツとしてみないとスポーツ医学という概念が入ってこない。バレエはスポーツではないかもしれませんが競技(愛好家)人口と身体的ダメージの高さから以前から障害に対する研究が競技ダンスよりも進んでいました。競技ダンスもスポーツ医学、スポーツ障害・傷害の調査研究を進める必要があると切に感じました。
甲野 功
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