開院時間
平日: 10:00 - 20:00(最終受付19:00)
土: 9:00 - 18:00(最終受付17:00)
休み:日曜、祝日
電話:070-6529-3668
mail:kouno.teate@gmail.com
住所:東京都新宿区市谷甲良町2-6エクセル市ヶ谷B202
繰り返し書いている気がしますが、今年2024年の当院のテーマは「灸術を高める」です。お灸の技術力を上げることを年間テーマ(というより目標、課題)としています。これは私が持つ国家資格免許の
・あん摩マッサージ指圧師
・はり師
・きゅう師
3資格で業として行うことができる按摩(あん摩)、マッサージ、指圧、鍼(はり)、灸(きゅう)の5つのうち灸が最も技術が乏しく自信がないため、このテーマに決めました。これまでだと免許は持っているが、プロとして一般の人よりも優れた技術・知識が足りないと感じていました。長年抱えていたコンプレックスを払拭するためのものです。
そして5つの分野、すなわち按摩・マッサージ・指圧・鍼・灸の比較をして臨床において最適なやり方を出すためでもあります。元々手技療法が得意で強いこだわりがありました。あん摩マッサージ指圧師と3つまとめていますが按摩・マッサージ・指圧の3種類を個別で考え技術体系を整理し、その全てをしっかりやってきた自負があります。また徒手療法3種類の違い、類似点、特徴なども研究してきました。そして鍼。免許を取ってから必要に迫られて現場で技術を磨いてきました。5年間現場で研鑽を積んだ上に鍼灸マッサージ教員養成科に進学して更に体系的な学習をしました。鍼と一文字で書きますがその内容は非常に多岐に渡り今現在でもその全貌は掴めていません。ただある程度の鍼術というものが理解でき(それには東洋医学という要素を学んだ結果もあります)、ひいては鍼と按摩・マッサージ・指圧を比較して互いの相違点を知ることができました。鍼が得意なこと、徒手療法が得意なこと。反対に苦手なこと。どういう状況に鍼が有利なのか、徒手療法の方が好ましいのかなど。
そして灸術の理解が高まることで鍼と灸の比較がしっかりとできるようになると考えています。鍼と灸の比較。これが見落としがちだった課題でした。
よく鍼灸師と省略します。免許上ははり師、きゅう師と別々です。ですから稀にはり師のみ、きゅう師のみという方もいます。あん摩マッサージ指圧師と一つにまとめているのとは対照的です。そして晴眼者(視覚障害のない健常者)向けの鍼灸師養成施設(専門学校、大学)ではり師科、きゅう師科といった片方のみを教える科は存在しません。全て鍼灸科として両方を学ぶのです。国家試験の問題内容もほぼ共通です。当たり前のように鍼灸とセットにしていてあたかも一つの技術という印象です。ところが現実はどうかというとそうではありません。これまでの経験上、鍼をする先生が圧倒的に多く、鍼のみで灸はほとんどしないということも珍しくありません。かくいう私がそうで、これまでの感覚でいうと鍼9:灸1くらいの割合。鍼灸コースと称しながら灸の出番がほとんどないという状態でした。私が艾を捻る灸術にこだわるのはそれだけ自信がないから。そして臨床現場で艾を捻る灸術ができる先生が多くないわけです。
それが原因なのか分かりませんが鍼と灸はどう違うのか?という問いが浮かびます。意外にもこの問いしっかりと向かい合った資料を目にしたことが無く、また自ら考えたことがありませんでした。艾を捻る灸の練習を本格的に開始し講習を受け他の先生の灸を受けてきて、灸に関する感度が高くなった今、鍼と灸の違いに向き合おうと思いました。そのきっかけが昨年11月に受講した母校東京呉竹医療専門学校の卒後研修講座「灸治療の考え方と実際」でした。講師は専任教員で灸の研究で博士号を取得した医学博士の三村直巳先生。三村先生の講義資料に軽く鍼と灸の効果の違いについて述べられていました。その資料を参考に考えてみます。
まずお灸とは何かという定義の話。三村先生は艾をのせて、それに線香で火を点けて、身体に温熱刺激を与える治療方法としています。ここで温熱刺激という点に注目します。対して鍼は刺す、押すといった機械刺激であります。機械的刺激と表現すると化学的刺激と対を成し、物理的、温熱的な刺激と一括りに考えることがあります。なお化学的刺激とは(例えばプロスタグランジンやブラジキニンなど)化学物質による刺激をいいます。機械刺激というと機械受容器という触覚・圧覚・張力覚・振動覚などを感知する受容器が関与します。温熱刺激では温覚を感知する受容器が関与するわけです。つまり刺激の種類が、鍼は物理的な力で灸は熱である、と大きく区別できます。どこに刺激を与えるのかという点は経穴で、どのような理論体系なのかは東洋医学(陰陽論、五行説、黄帝内経等の古典など)と鍼灸共通です。
科学技術が発展して鍼灸の刺激が生体内でどのようなことを引き起こしているのか研究が進んできました。三村先生は効果の違いを以下のように説明しました。
『
<鍼>
・即効性がある
・深部の病変部位にアプローチ
・軟部組織の多いところ
・主に神経性に作用
・鎮痛作用に優れている
』
説明を加えます。即効性があるというのは灸に比べると直後に効果を出しやすいということです。人によっては灸でだって即効性を出せるわと主張するかもしれませんが。それは4つめの主に神経性に作用ということに関連します。神経性というのは体液性と対になっていて、自律神経での作用は早く効果が出るのです。そして鍼は(この場合は身体に刺入する毫鍼を用いたものとし、接触させるだけの接触鍼や鍉鍼などは考えません)体内に刺すことができるので深い部分に物理的にアプローチできるのです。そのため軟部組織(骨ではない筋肉、関節包、腱、靭帯などのこと)が多い個所がより有効です。毫鍼でもほんの数mmしか刺さないという先生もいるのですが、可能かどうかで考えると体内の深部まで刺すことができる鍼(毫鍼)ならでは利点です。そして鎮痛作用が灸よりも優れています。これも灸でも鎮痛させられるわという声があるとは思いますが比較論として。鍼鎮痛あるいは鍼麻酔というものは以前から研究されてきました。
続いて灸です。
『
<灸>
・繰り返しにより持続性がある
・軟部組織の少ないところ
・主に体液性に作用
・血流改善作用、免疫調節作用に優れている
』
灸は長期間繰り返すことで効果が持続します。術者側からすると鍼は毎日やりましょうとはあまりなりませんが灸は毎日やりましょうとなります。習慣にして毎日お灸を据えるということはあります。鍼に比べて即効性がないため刺激過多で身体の負担が少ないと言えます(※もちろん灸でも強刺激をすれば灸あたりや火傷という問題が起きますが)。その理由の一つに灸は3つ目の主に体液性に作用するという項目と関係しており、ホルモン、血液、免疫細胞に作用します。神経よりも時間がかかりますが効果が長く続くのです。そして血流改善、免疫調節作用は鍼よりも灸の方が優れています。そして鍼と違って軟部組織が少ないところには灸の方が有効です。具体的には督脈という背骨の出っ張り同士の間(脊椎の棘突起間)にある経穴。鍼を刺すにも棘上靭帯がありすぐ下は脊椎です。この経穴にはまず毫鍼を私は使いません。灸の方が有効だと考えます。
鍼と灸の違いについて複数の項目がありますが、私は深さについて特に注目しています。鍼(毫鍼)は刺すという大きな特徴(メリット)があります。医師以外で他人に治療目的で器材を刺すことができる職業はほとんどありません。あん摩マッサージ指圧師の視点からすると体内にアプローチできるというのは異次元のことなのです。数学的に考えると経穴は点で0次元です。鍼が体内に進むと方向、深さというパラメータが増えます。それは線であり1次元。どの深度まで鍼を入れるかは重要な条件で、効果を出すためのプラス面も安全面を考慮するマイナス面でもしっかりとコントロールしないといけません。灸の場合は経穴にお灸を据えるので0次元と考えられます。深さを考慮しないので体表面のみで考えることができます。例えば外傷性気胸を起してはいけないので肩甲骨の間や胸部での刺鍼はとても気を遣います。灸ではそれを考慮しなくて良いので都合がいいのです。
鍼灸といいながら鍼一辺倒だった私には、刺鍼するのはちょっと怖いな、あるいはあまり効果が出せ無さそうだという部位は避けるか徒手療法を選択していました。灸ができることでそのような部位にもアプローチできます。まだまだ研究して学ばないといけませんが鍼と灸の使い分けに関して少し整理された気がします。
甲野 功
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