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「形式知」と「暗黙知」という言葉をご存知でしょうか。この二つは対比して用いられることが多いです。暗黙知という言葉を日本で広めたのは野中郁次郎氏と言われています。彼は日本が誇る経営学者で一橋大学名誉教授、カリフォルニア大学バークレー校特別名誉教授であります。「知識経営」の生みの親として知られています。私は三谷宏治著『マンガ経営戦略全史』や『マンガビジネスモデル全史』でその名前を知りました。「SECIモデル」の紹介で野中郁次郎氏が登場します。このとき直感として自分の仕事に重要な概念ではないかと考えたのでした。今回は形式知と暗黙知について述べたいと思います。
もともと暗黙知という言葉はハンガリー出身の物理化学者であり社会科学者・哲学者のマイケル・ポランニー(Michael Polanyi)が著書の『暗黙知の次元』で示した「Tacit knowing」(直訳すると暗黙的な知り方)からです。彼は「すべての知識は暗黙知か、暗黙知に根差す」、「われわれは語れることよりも多くのことを知っている」といった言葉を残しております。その暗黙知という概念を野中郁次郎氏が経営学の分野に取り入れました。対して形式知はマニュアルや文章で表現される(表現することができる)知識です。暗黙知が料理職人の勘だとすると、形式知は料理のレシピ、と比較例が挙げられます。
西原(広瀬)文乃著『マンガでやさしくわかる知識創造』によりさらに具体的に違いを列記すると以下のようになります。
〇形式知
・客観的・理性的な言語知
・言語や数字で表現できる
・文脈に依存せず、状況が変わっても同じ
・一般的な概念や理論、手法、手順(教科書、マニュアル、データベース)
・氷山で例えると水面上に表出している部分
・顕在意識
●暗黙知
・主観的・身体的な経験知
・言語や数字で表現しづらい
・文脈に依存して、状況ごとに異なる
・個人の身体に埋め込まれた思考スキル(思いやメンタルモデル)や行動スキル(勘や技などのノウハウ)
・氷山で例えると水面下の部分
・潜在意識と無意識
このように比較すると分かるのではないでしょうか。長年の経験によるもの。第六感。そのような表現で初心者にはない熟練者の能力。同じようにしているはずなのに出来ばえが変わる。これはまさに私の生業であるあん摩マッサージ指圧師、鍼灸師の仕事そのものです。同じ毫鍼で同じ場所(経穴)に同じように(※見た目は同じだけかもしれない)刺したとしても鍼灸学生1年生の学生と20年経験を積んだ鍼灸師では効果が変わります。同じということがあるかもしれませんが、受けた人の鍼を刺されたときの感触は確実に違うはずです。経験が、あるいは属人性が高いというか、術者によるところが大きいのが鍼灸です。徒手療法である按摩・指圧も同様で、器具を使わず手で触れるからなおさら、経験が強く影響します。皮膚に直接触るマッサージ(※あん摩マッサージ指圧師がいうマッサージのこと)は更に差が出ます。妻にどうして辛いところが言わないのに分かるの?と聞かれたことがありますが、それは何となくここが悪そう、押しておこうかなという感覚です。それを口で説明するのが難しいのです。
過去に~プロフェッショナルは感覚的~というブログを書きました。私が鍼灸マッサージ教員養成科時代に習った先生がプロフェッショナルになると口で説明しきれない感覚的なものが出ますと授業で話していました。プロなんだから先生なんだからきちんと分かるように説明しろよ、とその先生も学生の頃は思っていたらしいのですが、いざ自身が経験を積むとどうしても感覚的で言葉で説明できないことが生まれてきたそう。言い換えるとそこまで上達するとプロフェッショナルに至ったという感覚だそう。私は元々理科系で大学で物理学を専攻していました。そのため数式や理論、文章で説明することが得意で、それをしなければいけないのが物理学というもの。そのせいか鍼灸マッサージ専門学校に入学した頃は、人によって効果(結果)が変わるなど科学とはいえない、と内心胡散臭いものだと東洋医学や鍼灸をみていたものでした。
形式知だけでなく暗黙知も。そう考えてみると非常に整理されます。
野中郁次郎氏は1980年代当時、世界的に躍進目覚しい日本企業に注目しました。研究をした結果、西洋は形式知、東洋は暗黙知重視の文化を持っており、日本企業が優れているのは組織の成員がもっている暗黙知と形式知をうまくダイナミックに連動させて経営するところにあると結論づけました。東洋医学を学ぶ私からすると形式知=西洋≒西洋医学・現代医学、暗黙知=東洋≒東洋医学・伝統医学という陰陽論的な捉え方もすることができます。
また野中郁次郎氏は形式知と暗黙知はくっきりと分かれているものではなく、氷山で例えたように二つは繋がっていて、その境界はグラデーションになっているとしています。東洋医学の陰陽論でも万物は陰と陽に分かれていますが、それは相対的であり(絶対の陰、絶対の陽はない)陰陽の割合は変化するし、陰陽が逆の方に変化することもあるし、陰の中に陽が・陽の中に陰があることもある、と考えます。野中郁次郎氏は形式知と暗黙知を連動させることが重要だと結論付けたことに、どこか東洋思想の陰陽論を感じてしまうのです。野中郁次郎氏は暗黙知と形式知のダイナミックな連動を理論化したものとして「SECIモデル」という概念を提唱しました。SECIモデルについてはまた別の機会に触れますが、私の仕事に関して非常に重要なヒントになると考えています。
あん摩マッサージ指圧師、鍼灸師は経験がものをいう職人の世界だと言われます。非常に属人性が高く、もう技術的には遠隔操作のロボットアームで鍼を刺すことができるのでしょうが実用化することはまだまだ無いと思われます。それは鍼灸治療がただ鍼を刺せばいい、ただ温熱刺激を体に与えればいい、ということではからです。指圧にしてもAIで制御したロボットアームで体を押せばそれなりに効果は出るでしょうが人間が指圧を行うことは無くならないでしょう。それらの根拠の一つは暗黙知という術者の経験や勘に頼る部分を器械で代替しきれないからです。言い換えると暗黙知の蓄積がAIに奪われない仕事である理由になり得るのではないでしょうか。
また教育についても重要で、形式知は学校のテキストで教えることができます。それは当然として、いかに暗黙知を教えていくかがカギです。国家試験は座学のみで実技試験がありません。実技は各専門学校で済ませた上で国家試験に臨みます。身も蓋もない話ですが専門学校側が実技をこれくらいで良いと判断して卒業見込みを出せば技術が非常に劣っていてもペーパー試験が通れば免許が得られるのです。実際にどうかは別の話として。先に書いた通り職人と言われる仕事で最低限の技術がなければ例え免許があっても続くものではありません。お金を貰えるレベルなのかという話。学校は最低限のことを学んで臨床は卒業後にやるものだ、という意見も耳にします。そうであるならば現場で暗黙知をどう伝えていくかという課題にも直面します。形式知と暗黙知という概念を知ることは術者の教育・育成に大切でしょう。
甲野 功
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