開院時間
平日: 10:00 - 20:00(最終受付19:00)
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休み:日曜、祝日
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住所:東京都新宿区市谷甲良町2-6エクセル市ヶ谷B202
かつて都内を縦横無尽に走っていたという路面電車。私は記憶が無いのですがかつては治療院のそばにある大久保通りは都電が走っていた牛込柳町駅付近にも都電の停留所があったそう。もう2005年に大ヒットした映画『ALLWAYS 三丁目の夕日』。昭和33年の東京を舞台にした作品なのですが、作中に都電が登場します。一応架空の街という設定ですが東京タワーが近いことから現在地が予想できます(港区愛宕付近を想定しているそうです)。あまりにもリアルな描写だったので両親にも見てもらいたいと映画館に連れて行きました。その際に作中に登場する都電を母は学生時代に使っていたと喜んでいました。赤坂が地元の母。堀北真希さん演じるヒロインの役とほぼ同じ年齢だった当時の母。とても懐かしいと感想をもらしていました。
その路面電車である都電。ご存じのように廃線が進み、現在は都電荒川線を残すのみ。むしろ最大40路線あった都電は自動車の発達により消えていったのに、なぜか荒川線だけが残ることができたという。奇跡に近いのではないかと思います。私は地方都市に行ったときに路面電車に乗ったことがあります。高知、広島。自動車と同じ道路を進み、自動車に囲まれて渋滞にはまる状況がとても珍しかったです。高知は高校生の時、広島も20年近く前のこと。今も同じなのか分かりません。大都会、東京23区で路面電車が残っているのが荒川線なのです。
荒川線はその名前の通り、東京都荒川区の三ノ輪橋停留場から新宿区の早稲田停留場までを結びます。全長12.2km。停留所が30か所。東京23区の北部を走っています。荒川線だけが残ることができた理由はその大部分が専用軌道、つまり自動車が侵入できない専用の区間であること。一般自動車が走る道路と併用している区間は東京都北区の王子駅前~飛鳥山間のみだけ。それが生き残れた理由でした。しかし安泰だったわけではありません。現在の荒川線である旧32系統と27系統は廃止する予定にありました。ところが、路線の9割が専用軌道で自動車通行への支障が少ないことや、利用客からの存続要望が強かったこともあり、存続する方向になります。昭和44年(1974年)にそれまで別系統として運行されていた27系統と32系統を統合して三ノ輪橋~早稲田間での一体運行を開始します。それが現在の荒川線になりました。元々の正式路線名は三河島線(三ノ輪橋 ~熊野前)、荒川線(熊野前~王子駅前)、滝野川線(王子駅前~大塚駅前)、早稲田線(大塚駅前~早稲田)の4つでした。
廃線を逃れて令和の今も健在の路面電車、都電荒川線。平成29年(2017)に都交通局は荒川線の愛称を決めることにします。外国人観光客にも分かりやすいように「東京○○トラム」という形式にし、選考の結果「東京さくらトラム」に決定しました。昭和生まれの私には馴染みがなさすぎるこの愛称。最近までどちらが正式名称なのか判断できませんでした。正直なところ定着しているようには思いません。
その荒川線の終着駅が東京都新宿区西早稲田一丁目にある早稲田停留所です。新宿区民の私にとっては始発駅という感じです。なお早稲田と言えば早稲田という場所なのですが東京メトロ東西線の早稲田駅からかなり離れていて(直線距離で約600m)乗り換えるという感覚は皆無です。都営バス、地下鉄、JRと交通網が非常に発達している新宿区なのでこの停留所を使うことはまず無いのです。ただ王子の飛鳥山公園に行くときは便利なので利用します。数年前に子ども二人を連れて行った時は自転車で早稲田停留所までいき、そこからバス感覚で都電荒川線へ。乗り換えなしで着きます。地下鉄を使うと大江戸線牛込柳町駅から飯田橋駅に行き、そこから南北線に乗り換えて王子駅へ。上下の移動があります。何より普段は自動車が通るところを電車で進むのです。アトラクション感覚で新宿区から北区までの風景を楽しめます。
私は記憶が無いのですが、同じように幼少期に母親に連れられて荒川線に乗って飛鳥山公園へ遊びにいったそうです。当然昭和時代からある停留所です。その歴史は先にあった江戸川線からでした。大正7年(1918年)に東京市電江戸川線の江戸川橋~早稲田開業。昭和5年(1930年)に面影橋~早稲田間が開業。昭和24年(1949年)に江戸川線と早稲田線が接続し、昭和43年(1968年)に江戸川線は廃止となりました。
新目白通りに挟まれて位置する早稲田停留所。そこから突如荒川線が始まるような感じです。新宿区に残る路面電車の終着駅です。
甲野 功
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