開院時間
平日: 10:00 - 20:00(最終受付19:00)
土: 9:00 - 18:00(最終受付17:00)
休み:日曜、祝日
電話:070-6529-3668
mail:kouno.teate@gmail.com
住所:東京都新宿区市谷甲良町2-6エクセル市ヶ谷B202
私は柔道整復師の資格も持っています。柔道整復師は急性外傷の処置を主に行う医療職種です。保存療法といって外科的治療(いわゆる手術)をしない処置を急性外傷(具体的には骨折、脱臼、捻挫、打撲、挫傷)に対して行う資格です。保存療法と対となるのが観血療法で、血を観るとあるようにメス等を用いて行う外科手術を含めた治療です。当然ですが我が国では観血療法は医師、歯科医師にしか認められていません。医療機関で医師の指示の下であれば注射、点滴といったものはコメディカル(看護師など医療機関で働く非医師の医療職種)に認められている場合があります。
柔道整復師の業務は整形外科医に近く、整形外科医の業務から観血療法や投薬、処方などの業務を除いたことを行うと言えます。例えば整復といって骨折や脱臼により骨が正常な位置から逸脱したものを元の位置に戻す操作があるのですが、柔道整復師は医師の指示がなくても整復操作を行っても構いません。これが例えばあん摩マッサージ指圧師の場合ですと、医師の指示がなく自己判断で整復を行うと違法行為になります。これらは法律(柔道整復師法、あはき師法など)に明記されています。
関連法律は全て戦後に法律が改正されました。これは法律の大元となる憲法が大日本帝国憲法から日本国憲法に変わったからです。昭和20年代当時はあん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師、柔道整復師の4資格はひとまとめにされていて「あはき柔整師法」などと言われていました。昭和45年(1970年)に単独法として独立し、柔道整復師法が制定されます。戦後に制定された法律が元になっています。柔道整復師法(その前のあはき柔整師法)ができた時代は外科医が市井に十分いなくて柔道整復師が“骨つぎ”という名称で脱臼や骨折の応急処置をしていました。戦前生まれの私の母も、幼少期に肩を脱臼して近所の骨つぎで肩を入れてもらった経験がありました。今よりも一次産業の就業割合が高く、かつ器械も未発達だった頃は急性外傷が多数ありました。そのようなときに医師ではないが応急処置を行える存在としてありました。
国民皆保険制度がはじまり全国民が公的保険に加入するようになります。その際に急性外傷が起きたときに保険が適応されないと多額の治療費がかかってしまいます。保険診療なら3割から1割の金額を自己負担し、差額を保険で支払ってもらうことができます。当時、整形外科医療機関の数が足りていない時代は柔道整復師の急性外傷に対する応急処置および施術は保険が利用できるようにしました。具体的には脱臼、骨折、捻挫、打撲、挫傷の急性外傷への施術。脱臼、骨折に関しては応急処置(整復)は柔道整復師の判断で行えますが、その後の処置については医師の同意が必要です。それらの施術に関しては柔道整復師が療養費を請求できる「受領委任払い」が認められました。本来、患者さんは全額医療機関に治療費を支払い、その後患者さん自らで療養費(保険負担分)を保険者(勤めている企業、所属している保険組合、地方自治体など)に請求します。これを償還払いと言います。これだと患者さんの負担が大きくなります。一過性とはいえ治療費を全額支払うという金銭的負担と後日書類を作成して提出する事務作業。そして療養費が返ってくるまでに時間がかかる。これらの負担を無くすために柔道整復師が患者さんの代わりに自己負担分以外の施術料を肩代わりして保険者に療養費を請求することが受領委任払いです。患者さんは保険証情報を提供し、署名をすることで請求を柔道整復師に委任するのです。
受領委任払いの問題は不正請求がしやすいということ。性善説でできた制度だと考えられますが、柔道整復師が虚偽の申請をしたら過剰に療養費が請求されてしまうのです。患者さんは保険証を出して自己負担額しか支払いません。病院とやっていることは同じ。その先は分かりません。請求を受ける保険者は柔道整復師から届いた申請書類(レセプト)をみて柔道整復師側に療養費を支給します。実際に行った施術内容なのかは判断がつきません。この制度を悪用して不正な療養費請求が横行していました。具体的な手口を書くのもあれですが、肩こりや腰痛といった慢性疾患を捻挫という急性外傷と偽る、実際に来院した回数よりも多い日数来院したとする水増し、時期が過ぎるとまた別の部位を捻挫したとする部位転がし、保険証を借りて一切の施術実績がないのに施術したとして請求する保険証貸、など。
昭和時代ならまだしも現在のように整形外科が充実し、また一次産業従事者が減ってきた現代ではそうそう柔道整復師が急性外傷を扱う頻度は下がっています。すぐに整形外科に連れて行った方が早いわけです。また平成10年(1998年)に起きた通称“福岡裁判”といわれる柔道整復師養成施設不指定処分取消請求事件における福岡地方裁判所が下した判決により、国(旧厚生省)が敗訴して柔道整復師養成施設の新設が解禁される結果から、膨大に柔道整復師が増えることになり、それがまた不正請求を増加させることになります。国家試験となった令和5年(1993年)の第1回柔道整復師国家試験では受験校が専門学校のみで14校だったのが最も受験者が多かった平成22年(2010年)の第18回国家試験では専門学校・大学を合わせて受験校が88校になっています。第1回国家試験合格者数が963名だったのが第18回には5,570名に。福岡裁判以前までは合格者数は1000人程度で推移していたのに。それまでは入学するには狭き門であり質が保たれていたと考えられますが、学校新設解禁に伴い学校数が倍増し合格者数も倍増して誰でも入れる時代になります。そうすると分母が大きくなるので不正を働く確率も上がっていくわけです。
私が柔道整復師になるために専門学校に行って勉強している頃は不正請求が当たり前でした。不正請求をしているという感覚がないというか。誰でもしていることだから、という感じ。なお私が受験した国家試験は第19回(平成23年・2011年実施)で受験者数がピークに近い時期です。しかしきちんと法律や制度を勉強すればどうみても違法行為だろうと判断が私にはありました。その当時からこの状況がまかり通るとは思えない、危険だ、と危機感を募らせていました。2011年に柔道整復師になり整形外科クリニックに就職し1年間柔道整復師として働きました。そして鍼灸マッサージ教員養成科に進学し卒業した後にあじさい鍼灸マッサージ治療院を開業します。柔道整復師なのに整骨院をしないのかと何人かから問われましたが、保険請求業務をしたくないのと設備上のこともあり整骨院はしないと決めました。その根幹にはこれまでのような不正請求をしていると捕まるという予想がありました。
予想が当たったと自慢するわけではありませんが、その後柔道整復師の不正請求は厳しく摘発されるようになりました。かつては個人で億単位の不正請求をしていて逮捕された事例がありました。最近は数千円でも逮捕されます。また柔道整復師免許を持たない無資格者に施術をさせて保険請求をすることが当然に様に行われたいたものですが、近年はそれも逮捕されるように。また施術管理者の制度ができて柔道整復師になっても要件を満たさないと療養費請求業務ができなくなっています。不正請求を繰り返してきたツケを払うように制度が厳しくなっているように感じます。
ずっと前から不正請求は違法行為として取り締まるはずのものであったのに、当たり前のようにやっていた。それはきちんと取り締まれていなかったからです。それが今は以前よりもきちんと取り締まるようになってきている。何か契機があったのでしょうか。一つ言われているのが平成27年(2015年)に起きた反社会的勢力(いわゆる暴力団)による療養費搾取事件です。話ではこの事件から警察が対応を変えたというのです。警視庁が発表している「平成27年の暴力団情勢」という資料に出ています。
こちらの16ページ、【詐欺事犯】の項目です。
『
〇 住吉会傘下組織組長(49)らが、国民健康保険被保険者証を不正に利用し、接骨院において柔道整復師から施術を受けた事実がないのに、施術を受けたように装うなどして、柔道整復施術療養費をだまし取った事例(警視庁、11月検挙)
』
暴力団が柔道整復師及び整骨院を介して療養費を不正請求して騙し取った。国家資格の柔道整復師と患者さんの負担を減らすために制定された制度を用いて、公費(療養費)を騙し取られ、それが暴力団の資金源になった。これは警察としても厚生労働省としても見過ごせないでしょう。
厚生労働省も平成28年(2016年)に「柔道整復の施術に係る療養費関係」という資料を出しています。
この16枚目に療養費詐取事件の概要として本事件を詳しく説明しています。抜粋します。
『
事件の概要(報道内容)
・昨年11月、柔道整復師の診療報酬に当たる「療養費」を不正受給したとして、警視庁組織犯罪対策4課は、暴力団組長の男や接骨院などを運営する会社役員の男ら十数人について詐欺容疑で逮捕。
・捜査関係者によると、組長らは東京都内のコンサルタント会社役員の男らと共謀して架空の施術記録を作成し、都内の自治体など健康保険事業を運営する「保険者」100機関以上に療養費を架空請求し、約1億2千万円をだまし取った疑い。
・同庁は、暴力団が療養費を資金源にしていたとみて、解明を進めている。
』
これによれば捜査を行ったのが警視庁組織犯罪対策4課だと分かります。数年前に名称が無くなるのですが“四課”といえば暴力団対策を行う警視庁組織の通称でした。柔道整復師の不正請求に関しては生活安全課が担当するのですが、状況が状況ですから四課が捜査しました。表現が適切かどうかは分かりませんが力の入れ方が違います。手口についても、会社役員を逮捕したことやコンサルタント会社役員と共謀して架空の施術記録作成、100以上の保険者に架空請求などかなり手が込んでいます。柔道整復師ではない者が不正請求に関与していたことがうかがえます。
さらに厚生労働省の資料には事件の特徴を述べています。
『
報道から見る事件の特徴
○複数の患者は不正請求の見返りに数千円を受け取り、請求に必要な申請書複数枚にあらかじめ署名していたことも認めているなど、患者ぐるみであったこと。
○加入者が多く審査業務が膨大なため審査が甘いと指摘される国民健康保険が狙われていたこと。
○患者の負傷部位を数か月おきに変更して不正請求を繰り返す、いわゆる「部位転がし」であったこと。
○患者1人当たりの療養費の架空請求額を毎月数千~数万円程度にとどめていたなど、少額請求を繰り返していたこと。
』
ここで重要なことは“患者ぐるみであったこと”を明記していること。暴力団が悪い、悪徳柔道整復師が悪い、だけでなく見返りを受け取り申請書類に署名をしていた患者の罪も指摘しているのです。レセプトに署名しているのは患者本人であるので公文書偽造疑いを問われてもおかしくないのです。加えて“審査が甘いと指摘される国民健康保険が狙われていた”と指摘しています。実際に柔道整復師側も協会けんぽ、保険組合は審査が厳しいから部位数を減らして請求するというのは知られていました。一方国保(国民健康保険)は審査が甘いということも。厚生労働省がこの件をはっきりと指摘しています。また「部位転がし」という具体的な手口に言及し、発覚されないように高額ではなく月数万円程度まで少額に架空請求額を抑えていたことを述べています。柔道整復師の立場からするとここまで不正請求のやり方をはっきりと指摘していることに驚きを覚えます。柔道整復師は国家資格であり厚生労働省管轄です。その制度を悪用され、かつ療養費が暴力団の資金源にされたとされること、に対して強く抗議しているような。
この事件はリアルタイムでは知らなかったのですが調査をしてみて、やはり大きな転機なったと思います。柔道整復専門学校で『社会保障制度と柔道整復師の職業倫理』という教科書が導入されたのもこの後です。重要な事例ではないでしょうか。
甲野 功
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